02:怒りのシーソーゲーム

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02:怒りのシーソーゲーム

 木造平屋の本格的な数奇屋造りをしている旧塩原御用邸新御座所。それは床の間のある書院や竿縁天井等、明治建築史を直に知ることが出来る貴重な建物である。そして、建築の勉強をしている者にとって、まさに【生きた資料】が所狭しに並んでいる魅惑の建物と言っても過言ではないだろう。  現に、建物の中に一度入れば、いずみも朔も互いの存在そっちのけで建物に釘付けになっている。 「(てか、一人で満喫してばかりいたら、課題がヤバイ……)」  わざわざ朔の希望と擦り合わせて旧塩原御用邸新御座所にやって来たのは、共に仕上げるレポートの方向性を決める意味合いが大きかった。 「江口くん、どういう方向性で攻める?」  攻めるというのは勿論、レポートの方向性だ。間違っても、人や城などではない。横からと聞いてると意味不明な発言でも、ずっとペアを組んでいるいずみと朔にとっては何度も繰り返されている定番のフレーズだ。  いずみの発言を受けて、ずっと黙っていた朔がアクションを起こしてくる。もしかすると、背に腹はかえられぬと思ったのだろうか。 「……………………あー、小沢は何か考えてるの?」 「え? 私は、縁側から見える庭の風景が四季で変わる点を軸に「ならそれでいいだろ」 「……は?」  先に低い声で威嚇したのはいずみの方だった。  いずみの会話を最後まで聞くことなく、投げやりな言葉を返す朔に対して、心底腹を立てたらしい。  いずみの気持ちもわからなくはない。  いずみと朔のペアは入学以来、同期の中で最も高い評価をずっと得続けている。つまりは、同期の中で勉学に対して並々ならぬ情熱を持っているのもまたいずみと朔というわけで……。  そんないずみにとって、共に全力で学ぶ姿勢を見続けた朔の存在自体が励みでもあった。だからこそ、そんな朔からレポートに対して投げやりな態度をとられたことが非常に腹立たしく感じていた。  勿論、朔が真面目に講義を受けようが、不真面目に過ごそうが、朔の自由であることは、いずみ自身も理解はしている。とは言え、追いつかない気持ちがあるのもまた事実であるわけで……。 「あのねえ。私が気に入らなければ、遠ざけたくなる気持ちはわかるわよ? だけど、そこで勉強まで一緒に遠ざけるとか本末転倒もいいところよ。江口くん、あなたも学生でしょ!?」 「……」 「同じ時間を掛けて、同じお金を払って学ぶなら、しっかり学んで自分のモノにした方が遥かに効率的でしょ?」 「…………」 「てことで、レポートの打ち合わせくらい腹括ってくださいな。江口、朔サン?」 「………………」  凛としたいずみのまなざしと鬼気迫るオーラを前にして、流石の朔も恐れをなす。  ……なんてことは、流石にない。  とは言え、流石の朔も考えるところがあったらしい。  いずみの発言にクレームを付けるでもなく、詫びを入れるでもなく、またしても朔はただただ押し黙り続けていた。
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