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はたと、手が止まった。
「私は自由になりたいのか?」
この農場を離れたいと思っているのか?
開墾作業から逃げ出したいと思っているのか?
「……」
まあ正直なところ、今の仕事が自分に向いているかどうか問われれば、向いていないと答えるところではある。
それでもそれなりに必要な人手として役に立っているとは思うが、父には及ばない。
ここでの作業の適正は父の方が高い。
私ではない。
しかし、これは世の為、人々の為になることである。
開墾すれば人が住めるようになる。
開墾の中途でも、人を雇っているので、人助けになっている。
そうやって助け合いながらことを進めれば、ここは人の住める土地になる。
とはいえ——原初の人々は森に住んでいたというではないか?
現代の人々は森に住まず、街に住む。
街とは何か?
それは人が住むところである。
人が住めば街か?
ではここも街と言えるではないか?
人はいる。暮らしている。
否、これは仕事である。
人々の営み。その真実的なものではない。
営みとは何か?
暮らし、働き、子を為し、社会を作る。
ここにそれはないのか?
……無い。
まだない。
ここには仕事しかない。
今は、まだ。
「……」
書かずとも、頭の中では問答が続いている。
これが瞑想とでもいうものなのかとぼんやりと思うでもなく思う。
答えのない問い——いや、違う。これは私が問いを生み出しているだけであって、実際のところ必要な問いは一つだけだ。
私はどうしたいのか?
この一つの問いの中に全てがある。
ここにいるべきか、出るべきか。
仕事をやめるべきか、続けるべきか。
今考えるべきはそういうことである。
だから、私は鉛筆を置いて事務所の外に出た。
今日は休みだというのに、開墾作業を続けている父を探す為に。
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