詩と火

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 父は鍬を振るっていた。  一人だけで。  今日は休みだからである。  休みなく作業を続けるべきだと誰かが言う。  一刻も早く開墾するべきだと誰かが言う。  それに、父は言った。 「一刻も早い開墾を望むなら、休むべきである」 「休むこともまた仕事である」 「必要なことである」  父は気力だけを頼みとする人間ではない。  合理的に物事を考える。  それ故にか、人を動かすのが上手い。  父は近くで雇った人々に仕事を与えた。  草と木を抜き、岩を動かし、地を均す仕事。  見るからにやる気に満ち満ちた力自慢の男を集め、そういう仕事をさせている。  男たちは皆、精力的に働いているようである。  金払いもよく、これから先の人の役に立つ——自らの行いは世の為、人の為であると思える——のだから、力が漲るのも当然といえば当然だろう。  人を動かすには生活に必要な金と目的意識である。父はそれをよく理解している。  父はそうやって文明社会の歯車を回している。  人が働けば働くほどに、歯車の動きは早くなる。  その先に築かれるのが、新たなる文明である。  社会が刷新され、人々は新たなる住みよい世界へと足を踏み入れる——と私のような夢想家は遥か先を想像してそう思うのだが、果たして父がそんな未来のことまで考えているかどうかはわからない。    新しい世界だとか、文明の発展だとか。  父はそういうものではなく、人の行く先を見ているのだと思う。  人が暮らす街。それを作りたい。人々の生活を豊かにしたい。    私は父を見た。  黙々と鍬を振るっている。  何もない原野に何かを生み出すために、その下地を作っている。  私はその姿に、火を連想した。
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