Ⅲ. 3時4分~3時42分 突入

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 悟は柏木の右手に注目する。それが二回握って開かれ、勢い良く振られるのを横目に見ながら、悟は園長室の扉を開けた。  管、柏木、長沢、貫井、そして高木が音もなく室内に入る。悟はアサルトライフルを右に向けながら、12畳ほどの広さの室内に足を踏み入れ高木と背中を合わせる。  悟の眼前には大きなキャビネットと、二人掛けのソファーが向かい合わせに2つ並んでいる。蛍光灯の明かりの下、グレーの飼育着を着た者が一人ずつ横になっていた。どうやら眠っているようだ。高木を促し、それぞれ一人ずつに近寄る。  長沢と貫井は、室内向かって左側のパイプ椅子の背にもたれかかる様にして、こちらもおそらく眠っている同じ飼育着の者に近付く。  柏木と管は、扉正面に位置する机を回避するように動き、肘掛け椅子にじっと腰かけた状態の飼育着を着た者にアプローチする。  その配置から順当に考えれば柏木と管の近付いた者が人質の樺道雄である可能性が高い。  だが、悟は部屋全体の様子に違和感を覚えた。扉を開けた瞬間に感じた独特の臭い。そして飼育着の袖から伸びた長い手と、そこに生えている黒い毛。 (こいつら・・・・・・) 「全員チンパンジーだ!」  柏木が結論を言う。そのとき真二は激しく頭を揺さぶられた。ソファーから素早く飛び起きたチンパンジーが悟の暗視スコープを握って、それをもぎ取ろうとしているのだ。 (くっ)  悟はライフルの柄でそいつを押し退けようとするが、そいつはヘルメットに取り付けた暗視スコープを片手で掴んだまま、今度は悟の肩を掴んできた。 「早川!」  高木が肩を差し込むようにしてチンパンジーとの間に割って入ってくると、ようやくそいつは悟の肩を離し、歯茎と鋭い犬歯を剥き出しにしながら後方に飛び退いた。その右手にはヘルメットからもぎ取った暗視スコープの筒が握られている。 (握力300キログラム・・・・・・)  下手をすれば悟の肩自体が握りつぶされていたかもしれない。  反対側のソファーにいたチンパンジーは、器用に高木の肩を踏み台にして、部屋の反対側に移動した。  そしてパイプ椅子に座るチンパンジーと相対している貫井の背中に飛び掛かろうとする。それに気付いた長沢が銃剣術でチンパンジーの腕を叩く。 「長沢! 奴らに危害を加えてはいけない!」  長沢に助けられた貫井だが、副隊長として長沢に忠告する。 「全員退却!」  柏木が叫んだとき、管は肘掛け椅子から机に飛び乗ってきたチンパンジーをハイキックのモーションで威嚇していた。そいつは一瞬ひるんだように見えたが、管の2発目の蹴りを両手で受け止めようと構えているように見えた。 「管、退却だ!」  長沢、貫井、管、柏木、高木、悟の順で園長室を出る。悟がその扉を閉めたとき3、4頭のチンパンジーが扉に激突してきた。衝撃で扉が開きそうになるのを高木と協力して押さえる。柏木が指示を出す。 「貫井、ロッカーで扉を押さえるんだ」 「了解」  長沢と貫井でロッカールームからスチールロッカーを運び出し、扉の前に横にして置く。  それでも中から扉を押す力は強く、ロッカー一つでは耐えられそうもない。悟は渾身の力で扉を押さえながら高木に言った。 「もう一つ大きめのを頼む」 「分かった」  高木は管とともに横幅が2倍のサイズのロッカーを運んできて、先ほどのロッカーの上に置いた。悟が試しに手を離してみると、なんとか扉は固定されていた。  柏木は指揮班に連絡を入れる。 『こちら柏木、園長室の4名はいずれもチンパンジーです。暴れぬよう扉の前に障害物を置き、閉じ込めています』 『山岡了解。通信を再開する。どうやら大型動物2頭、鳥類一羽が動物園側から管理事務所に近付いている。動物園側の扉は施錠されているか?』 『こちら高木、確認します』  動物園側の扉に一番近い高木が率先してそちらに向かう。悟はその背後から援護しつ高木の後を追った。長沢と貫井が園長室前に残り内側からの断続的な衝撃音に備えている。おそらくチンパンジーどもは扉に体当たりを繰り返しているのだろう。  柏木と管は悟の背後に位置取り、さらなる不測の事態に備えている。  悟は高木と共に、閉ざされているように見える扉に近寄った。  すると、10センチほど開けた状態で、ゴム製のドアストッパーが噛ましてあった。そのわずかな隙間から先ほど廊下を埋め尽くしていたモルモットのうちの一匹が、ちょうど外に出て行くのが見えた。  悟がドアストッパーを外し扉を閉めようとしたとき、何を思ったのか高木がその扉を押して表へと出た。 「おいっ、高木!」  悟の声は高木の背中を止めることができなかった。
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