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三
矢板武と印南丈作が出会ったのは、まだ明治維新の動乱が治まらない、明治五年のころである。
お互いに宇都宮県の戸長や副戸長を命じられ、県庁に出入りしている内に、どちらともなく存在を認識していた。
もとより、印南丈作は辣腕によって知られていたし、対して矢板武はその若さゆえに衆目を集める人物であったので、ふたりがお互いを知るきっかけは特になかった。取り立てて会話をするでもなく、仕事を共にするでもなく、お互いに廊下ですれ違えば挨拶ぐらいはする仲であったが、少なくとも武の方は親睦を深めるつもりもなかった。
武は、その頃、年上の男というものを酷く毛嫌いしていたのだった。
「おい、若造がまた闊歩しておる」
「若くして成り上がってどんな手を使ったのやら」
「親が十の時分に亡くなって家を継いだんだってさ」
二十三歳の若さで副戸長に任命された武は、県庁に上がるのが嫌いであった。十も二十も年上の、しかも要職についた男たちが、陰でひそひそと話すのを、敏い武が聞き逃すはずがない。副戸長となってから一年は我慢もしたが、明治も六年になるころにはもう我慢も限界だった。
武の生家は、たしかに江戸時代の祖父の代より名主を務める地主であって、武の父が早逝したため、まだ十歳だった武が家を継ぎ組頭役見習として村を治めてきたのは事実である。現在副戸長の座に若くして任じられたのも、環境あってこその経緯だ。しかし。
「十の童からどれだけの苦労をしてきたことか!」
「まあまあ今日もご機嫌斜めだこと」
家に帰ってぼやいていると、新婚のハマが茶を出してくれる。苦い緑茶をぐいっと一飲みし、ようやく落ち着いて座布団に胡坐をかく。
「ああ、左司馬さんがいたら……」
「また左司馬さんですか? 妬けちゃいますね」
「独り言を聞くでないよ」
「ふふ、大きい独り言ですこと」
幼少の砌、もちろん独力では村を治められない武に、教育を施したのは元川越藩士だった原田左司馬であった。武が十の頃から、つい三年前に左司馬が亡くなるまで、江戸から明治への動乱の十年、若い武を支え、教え、陰日向に尽力してくれた左司馬を、武も良く慕っていた。なので、年上の男というものは頼りになり、若者を教え諭して導いてくれる存在であると、武はついこの間まで思っていたのだ。だのに。
「県庁の男たちときたら、妬み嫉みに陰口ばかり、嫌になってしまうよ」
「まあまあ。お疲れなら、一旦学業に専念なさっても良いんじゃないかしら。お休みをいただいて、流行りの新婚旅行というのに洒落こむのも良いし」
「そうだねえ」
武は副戸長の任の他に、学務兼務を申しつけられており、つまり勉学に励みながら勤労もせよ、という、なんとも過重な労働を担っていたのである。
新婚だというのに、妻であるハマとのんびり過ごす時間も持てないぐらいに多忙な毎日にも、嫌気がさしていた。何より、普段からささえてくれるハマにねぎらいの一つもしてやれないのが申し訳も立たない。
「いっそ辞めてみるのも良いか」
ハマの茶は苦いが、ほっと落ち着くうまみがあった。熱い湯のみを握って、卓に向かい合って座るハマを見つめたら、彼女は頬を赤らめて柔和に微笑む。
「やっと、ゆっくりできますね」
妻の笑顔が、武の背を押した。元来、動きの早い男であった。
即日、辞表をしたため、次の登庁日には県長に職を辞することを伝えてしまった。
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