29人が本棚に入れています
本棚に追加
あのね、ないしょのお話。
ないしょよ。
みやちゃんねぇ、おうちのみんなが、だいすきなの。
おじいちゃまと、じいじと、おとーさんと、おかーさん、みんな、大好きなの。
それでね、もうすぐ、みやちゃん、おねーちゃんになるの。
おとーさんとおかーさんが、いっぱい仲良しで、好き好き~って、チュッチュしたからなんだって。
おじいちゃまとじいじも、仲良しで、今でもいっぱいチュッチュしてるの。
だからきっと、おとーさんとおかーさんと、さきちゃんとひろくんとしげにいちゃんが、おうちにきたのね。
でも、みやちゃんが、おじいちゃまとチュッチュしても、じいじとチュッチュしても、おとーさんとしても、おかーさんとしても、おうちに子どもはふえないんだって。
知ってた?
こどもだからねって、おかーさんがいってた。
こどもって、つまんない。
けど、だれもこないから、みやちゃんがみんなを一人じめできるのよ。
でもおねーちゃんだから、ね。
あたらしくおうちにくる子には、やさしくしてあげるのよ。
「じゃあね、お返しに、じいじの内緒、教えてあげよう」
「なあに?」
「じいじはね、秘密の場所に宝物を隠してます」
「ええ! すごい! すごいね、じいじ! それどこ? どんなたからもの?」
「うーん、そこまで教えなくちゃだめ?」
「おしえて! じいじ、だーいすき!」
「あー、もう、みやこは可愛いなぁ! じゃあ、場所だけね。教えるけど、誰にも内緒な」
「うん!」
小さいときには、自分の家族が当たり前だって思っていた。
そういうもんでしょ。
長じて、特殊な環境にいたんだって知った。
うちの両親、それぞれに親がいない。
だから里親っていうの? そういう制度で一緒に育って、好き同士になって結婚したそうだ。
里親家庭はすごく仲のいい家で、大家族。
でも、女親なしの、おじいちゃまとじいじの、男同士のカップルの家庭。
だからこそ、里親になろうと思ったんだ、っておじいちゃまがいっていた。
おじいちゃまは、この近辺で頼りにされてる、診療所のお医者さま。
元々ここの集落の人ではなかったけど、医者のいない地域で働こうと思ったんだって。
じいじは、自分で自分を『器用貧乏』といっているくらい、器用に何でもこなす人。
だけど、特に何か特定の仕事についている気配は、なかった。
家のことをして、診療所の手伝いをして、集落の人からの頼まれ仕事をして、家で塾みたいなこともしてた。
父は里子の中で唯一、医者になった跡取り息子。
後を継ぐようなもんじゃないって、おじいちゃまには言われていたらしいけど、尊敬する親のあとを継ぎたくて何が悪いって、言い返したんだって。
母は男所帯の中で、蝶よ花よと育てられた紅一点。
たいていのことは、からからと笑ってやり過ごしているようなおおらかな人だけど、それはホントに箱入り娘だからと思う。
母を惚れさせて面倒をみて、今でも「好き」といわせている父を尊敬してしまうくらい、厳重に梱包されてここまで育ってきた人。
そして。
三人の伯父――っていっていいと思う、両親と一緒に育った里子さんたち――は、それぞれに好きなことを仕事にして、近くで独立してる。
近所だから、ホントにしょっちゅう誰かが家に来ている感じ。
私の弟も、二年前に大学生になって家を離れたけれど、休みのたびに帰ってくる。
かくいう私も、就職してここから車で一時間ほどのところに住んでいるけれど、ことあるごとに帰ってきてしまう。
それくらい、おじいちゃまとじいじの近くは、気持ちがいいのだ。
でも、残念ながら時間は流れるもので、私が大人になった分、家族たちは歳をとる。
顕著になったのはじいじ。
脳の病気が発覚した。
どんどんと進んでいく健忘症。
おじいちゃまは、じいじがまだ元気なうちに、と完全なる引退とケアハウスへの移住を決めた。
その準備に追われる中で、母が途方に暮れて私に電話してきたのが、昨日のこと。
「だからね、おとうさん。引っ越しは納得してくれたじゃない」
「うん……でもさあ、あれがないと、過ごせないんだよ。あれだけは手元に置いておきたいんだ」
「んー、でも、それがなにか、わからないんだよね?」
「困ったよねえ……」
おじいちゃまとじいじの荷物をまとめながら、さっきからずっと繰り返されているのが、この会話。
私は持っていく予定のいくつかの食器を、梱包しながらそれを見守る。
「困っちゃうわよねえ。何かわかんないのに、それがないと引っ越しできないなんて」
「ごめんねえ」
途方に暮れたようにしょぼくれるじいじは、かわいい。
でも、悲しい。
それでも仕方のないことだから、私はじいじの相手を母に任せて、手を動かし続ける。
実家は残る。
父と母が住み続ける。
あれだけ人がいた容れ物に、二人きりになるのはどんな気持ちだろうと思うと、さみしい。
この家は、いつも賑やかだったから。
多分、一番人が少なかったのは、弟が生まれるときじゃないかなと思う。
「あ」
それで思い出した。
私は作業をほっぽり出して、じいじの前に膝をつく。
「なに、みやこ」
「じいじ、ないと困るものって、じいじの宝物?」
母の質問を無視して、じいじの返事を待つ。
首をかしげて少し考えていたじいじは、ゆっくりとうなずいた。
「うん、多分」
「じゃ、ちょっと待ってて、探してくる」
ずっと小さいころに、じいじと内緒の話をした。
内緒話じゃなくて、『内緒』の話。
誰にもいっちゃいけない宝物のことを、じいじは私に教えてくれた。
屋根裏にある収納の、圧縮した布団とみんなのアルバムが置いてある棚の、一番奥の奥。
『みんなが好きなものの箱の中に、みんなが苦手なものの缶があってね。その中に入ってるんだ。でも、屋根裏は危ないから、見せないよ』
くふふ、と笑ったじいじを覚えている。
内緒だもんね~、と、笑って私とオデコをあわせた。
二階に上がって、廊下の天井を下ろす。
折り畳みの作り付け梯子を引っ張り出して、ギシギシいわせながら屋根裏に足を踏み入れた。
みんなが好きなものの箱……っていうのは、多分これだ、有田ミカンの箱。
棚の奥にあるそれを、ずるずると引きずり出す。
なにが入ってるんだろう、予想より重いよ?
梯子の近くに引っ張っていって、ふたを開けたら、中は束になった書類と写真がほとんどだった。
手にとって中を見たら、それは、じいじにとっての子どもたちとの、出会いの書類や折々の写真。
紛れ込んだように、小さな缶。
印刷されているのは、アルコール入りのボンボン。
確かに、うちの家族はアルコールボンボンがあまり好きではなかったから、これだと思う。
「みやこー、あったー?」
蓋を取りかけて、ためらってしまった。
ホントに私が開けていいのかな。
「あったけど、重くて下せないから、おじいちゃま呼んで」
「わかったー」
「あ!」
父とおじいちゃまで下ろした箱を見て、じいじは顔を輝かせた。
「これ?」
「……の、ような気がする?」
「なぜに疑問形……」
箱を開けて、中身を見てもあまりピンとした感じがないようで、私は少しがっかりした。
じいじが宝物といっていたから、これだと思ったのに。
束を一つ一つ取り出して、キャッキャと声を上げているのは、両親の方。
「よくとってたね。さすがおとうさん」
「親父さまじゃないとこが、ミソだよね」
「お前ら親に向かって失礼だな」
「親父さまは、本人を大事にしてくれるって褒めてるんだよ」
「おとうさんは、記憶も記録も全部だけどね」
最後に残ったのは、あの、ボンボンの缶。
じいじはそっと手に取って、開けた。
中にあったのは、証明書と写真と、ハガキ?
見た瞬間に、じいじはほろほろと涙を流しはじめた。
なにもいわずに、ただ、ほろほろと。
「え、おとうさん?」
「じいじ? どうしたの?」
「宏尚?」
慌てたように、おじいちゃまがじいじを抱きしめて、その背を撫でさする。
じいじは、小さい子がむずかるように、おじいちゃまに抱きついてしまった。
当たり前のように抱き止めて、おじいちゃまはじいじが気のすむようにしてあげる。
時々、小さくキスをして、声をかけて、抱きしめて、なだめる。
「あらまあ」
楽しそうに母が声をあげて、父に小突かれて、二人はそっと場を離れた。
落とされた缶を拾って、中を見る。
証明書は、二人の結婚証明書……みたいなものかな。
写真は多分、結婚記念の写真なんだろう。
正装をした二人が、照れくさそうにキスをしている。
そして、ハガキだと思ったのはペロンとめくるタイプのもので、中には判別が難しい、雑な字が書きなぐってあった。
おじいちゃま、昔から悪筆だったんだね。
うん。
解読するのはやめてあげる。
だってこれ、多分、おじいちゃまからじいじへのラブレター。
そろえておじいちゃまに差し出す。
それから、部屋を離れる。
ドアを閉めるときに二人を見たら、そっと、唇を合わせていた。
キレイなキレイな、キスシーンだと思った。
最初のコメントを投稿しよう!