恋文とキスの日 2018

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あのね、ないしょのお話。 ないしょよ。 みやちゃんねぇ、おうちのみんなが、だいすきなの。 おじいちゃまと、じいじと、おとーさんと、おかーさん、みんな、大好きなの。 それでね、もうすぐ、みやちゃん、おねーちゃんになるの。 おとーさんとおかーさんが、いっぱい仲良しで、好き好き~って、チュッチュしたからなんだって。 おじいちゃまとじいじも、仲良しで、今でもいっぱいチュッチュしてるの。 だからきっと、おとーさんとおかーさんと、さきちゃんとひろくんとしげにいちゃんが、おうちにきたのね。 でも、みやちゃんが、おじいちゃまとチュッチュしても、じいじとチュッチュしても、おとーさんとしても、おかーさんとしても、おうちに子どもはふえないんだって。 知ってた? こどもだからねって、おかーさんがいってた。 こどもって、つまんない。 けど、だれもこないから、みやちゃんがみんなを一人じめできるのよ。 でもおねーちゃんだから、ね。 あたらしくおうちにくる子には、やさしくしてあげるのよ。 「じゃあね、お返しに、じいじの内緒、教えてあげよう」 「なあに?」 「じいじはね、秘密の場所に宝物を隠してます」 「ええ! すごい! すごいね、じいじ! それどこ? どんなたからもの?」 「うーん、そこまで教えなくちゃだめ?」 「おしえて! じいじ、だーいすき!」 「あー、もう、みやこは可愛いなぁ! じゃあ、場所だけね。教えるけど、誰にも内緒な」 「うん!」 小さいときには、自分の家族が当たり前だって思っていた。 そういうもんでしょ。 長じて、特殊な環境にいたんだって知った。 うちの両親、それぞれに親がいない。 だから里親っていうの? そういう制度で一緒に育って、好き同士になって結婚したそうだ。 里親家庭はすごく仲のいい家で、大家族。 でも、女親なしの、おじいちゃまとじいじの、男同士のカップルの家庭。 だからこそ、里親になろうと思ったんだ、っておじいちゃまがいっていた。 おじいちゃまは、この近辺で頼りにされてる、診療所のお医者さま。 元々ここの集落の人ではなかったけど、医者のいない地域で働こうと思ったんだって。 じいじは、自分で自分を『器用貧乏』といっているくらい、器用に何でもこなす人。 だけど、特に何か特定の仕事についている気配は、なかった。 家のことをして、診療所の手伝いをして、集落の人からの頼まれ仕事をして、家で塾みたいなこともしてた。 父は里子の中で唯一、医者になった跡取り息子。 後を継ぐようなもんじゃないって、おじいちゃまには言われていたらしいけど、尊敬する親のあとを継ぎたくて何が悪いって、言い返したんだって。 母は男所帯の中で、蝶よ花よと育てられた紅一点。 たいていのことは、からからと笑ってやり過ごしているようなおおらかな人だけど、それはホントに箱入り娘だからと思う。 母を惚れさせて面倒をみて、今でも「好き」といわせている父を尊敬してしまうくらい、厳重に梱包されてここまで育ってきた人。 そして。 三人の伯父――っていっていいと思う、両親と一緒に育った里子さんたち――は、それぞれに好きなことを仕事にして、近くで独立してる。 近所だから、ホントにしょっちゅう誰かが家に来ている感じ。 私の弟も、二年前に大学生になって家を離れたけれど、休みのたびに帰ってくる。 かくいう私も、就職してここから車で一時間ほどのところに住んでいるけれど、ことあるごとに帰ってきてしまう。 それくらい、おじいちゃまとじいじの近くは、気持ちがいいのだ。 でも、残念ながら時間は流れるもので、私が大人になった分、家族たちは歳をとる。 顕著になったのはじいじ。 脳の病気が発覚した。 どんどんと進んでいく健忘症。 おじいちゃまは、じいじがまだ元気なうちに、と完全なる引退とケアハウスへの移住を決めた。 その準備に追われる中で、母が途方に暮れて私に電話してきたのが、昨日のこと。 「だからね、おとうさん。引っ越しは納得してくれたじゃない」 「うん……でもさあ、あれがないと、過ごせないんだよ。あれだけは手元に置いておきたいんだ」 「んー、でも、それがなにか、わからないんだよね?」 「困ったよねえ……」 おじいちゃまとじいじの荷物をまとめながら、さっきからずっと繰り返されているのが、この会話。 私は持っていく予定のいくつかの食器を、梱包しながらそれを見守る。 「困っちゃうわよねえ。何かわかんないのに、それがないと引っ越しできないなんて」 「ごめんねえ」 途方に暮れたようにしょぼくれるじいじは、かわいい。 でも、悲しい。 それでも仕方のないことだから、私はじいじの相手を母に任せて、手を動かし続ける。 実家は残る。 父と母が住み続ける。 あれだけ人がいた容れ物に、二人きりになるのはどんな気持ちだろうと思うと、さみしい。 この家は、いつも賑やかだったから。 多分、一番人が少なかったのは、弟が生まれるときじゃないかなと思う。 「あ」 それで思い出した。 私は作業をほっぽり出して、じいじの前に膝をつく。 「なに、みやこ」 「じいじ、ないと困るものって、じいじの宝物?」 母の質問を無視して、じいじの返事を待つ。 首をかしげて少し考えていたじいじは、ゆっくりとうなずいた。 「うん、多分」 「じゃ、ちょっと待ってて、探してくる」 ずっと小さいころに、じいじと内緒の話をした。 内緒話じゃなくて、『内緒』の話。 誰にもいっちゃいけない宝物のことを、じいじは私に教えてくれた。 屋根裏にある収納の、圧縮した布団とみんなのアルバムが置いてある棚の、一番奥の奥。 『みんなが好きなものの箱の中に、みんなが苦手なものの缶があってね。その中に入ってるんだ。でも、屋根裏は危ないから、見せないよ』 くふふ、と笑ったじいじを覚えている。 内緒だもんね~、と、笑って私とオデコをあわせた。 二階に上がって、廊下の天井を下ろす。 折り畳みの作り付け梯子を引っ張り出して、ギシギシいわせながら屋根裏に足を踏み入れた。 みんなが好きなものの箱……っていうのは、多分これだ、有田ミカンの箱。 棚の奥にあるそれを、ずるずると引きずり出す。 なにが入ってるんだろう、予想より重いよ? 梯子の近くに引っ張っていって、ふたを開けたら、中は束になった書類と写真がほとんどだった。 手にとって中を見たら、それは、じいじにとっての子どもたちとの、出会いの書類や折々の写真。 紛れ込んだように、小さな缶。 印刷されているのは、アルコール入りのボンボン。 確かに、うちの家族はアルコールボンボンがあまり好きではなかったから、これだと思う。 「みやこー、あったー?」 蓋を取りかけて、ためらってしまった。 ホントに私が開けていいのかな。 「あったけど、重くて下せないから、おじいちゃま呼んで」 「わかったー」 「あ!」 父とおじいちゃまで下ろした箱を見て、じいじは顔を輝かせた。 「これ?」 「……の、ような気がする?」 「なぜに疑問形……」 箱を開けて、中身を見てもあまりピンとした感じがないようで、私は少しがっかりした。 じいじが宝物といっていたから、これだと思ったのに。 束を一つ一つ取り出して、キャッキャと声を上げているのは、両親の方。 「よくとってたね。さすがおとうさん」 「親父さまじゃないとこが、ミソだよね」 「お前ら親に向かって失礼だな」 「親父さまは、本人を大事にしてくれるって褒めてるんだよ」 「おとうさんは、記憶も記録も全部だけどね」 最後に残ったのは、あの、ボンボンの缶。 じいじはそっと手に取って、開けた。 中にあったのは、証明書と写真と、ハガキ? 見た瞬間に、じいじはほろほろと涙を流しはじめた。 なにもいわずに、ただ、ほろほろと。 「え、おとうさん?」 「じいじ? どうしたの?」 「宏尚?」 慌てたように、おじいちゃまがじいじを抱きしめて、その背を撫でさする。 じいじは、小さい子がむずかるように、おじいちゃまに抱きついてしまった。 当たり前のように抱き止めて、おじいちゃまはじいじが気のすむようにしてあげる。 時々、小さくキスをして、声をかけて、抱きしめて、なだめる。 「あらまあ」 楽しそうに母が声をあげて、父に小突かれて、二人はそっと場を離れた。 落とされた缶を拾って、中を見る。 証明書は、二人の結婚証明書……みたいなものかな。 写真は多分、結婚記念の写真なんだろう。 正装をした二人が、照れくさそうにキスをしている。 そして、ハガキだと思ったのはペロンとめくるタイプのもので、中には判別が難しい、雑な字が書きなぐってあった。 おじいちゃま、昔から悪筆だったんだね。 うん。 解読するのはやめてあげる。 だってこれ、多分、おじいちゃまからじいじへのラブレター。 そろえておじいちゃまに差し出す。 それから、部屋を離れる。 ドアを閉めるときに二人を見たら、そっと、唇を合わせていた。 キレイなキレイな、キスシーンだと思った。
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