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季節の便りが、届く。
もう帰ることもない、生まれ育った町から。
何もないところだった。
名物も名産品も、名所も観光地も、何にもないただの田舎町。
人家よりも農地の方が多いくらいの、ほんっとに、何もないところ。
人が少ない分つきあいは濃密で、娯楽が少ないからどんな小さなことでも噂になった。
変化のないことは安心だけど停滞で、それに安穏と過ごせるものしか暮らせないところ。
後ろめたいところがあるおれには、息苦しいだけだった。
おれは進学を機に都会に出て、就職し、もう何年も帰っていない。
実家もなくなったし、縁者もいない。
あの町にとって、ただ一時居ただけの通り過ぎた人間になった。
あいつは、あの町に帰って実家を継いで、そのかたわらで半農の生活をしているんだという。
結婚して子どもを持って、あの町に溶け込んで、根を張った生き方を選んだんだ。
『それはそれで、愛おしくていいところだよ』
そう言うことができたあいつは、すごいと思う。
おれには無理だ。
安穏として変化のない生活も、濃密な人間関係も、おれにはただ息苦しいだけだった。
あの町ではおれのように、男のことが好きな男なんて、ただ好奇の目で見られるだけの存在だった。
おれはあいつが好きで、あいつは応えてくれた。
あの町の外だからだって、知っている。
おれはあの町では過ごせなくて、あいつはあの町が好きだった。
だから、袂を分った。
そのはずだった。
それなのに、思い出すように、季節の便りが届く。
箱に詰められているのは、あいつが手塩にかけて育てたのだろう、季節の野菜。
それから、いつからか一緒に入っているのは、メモに近い便箋。
ただ一言だけ、こちらに訪れる日が書いてある。
来る日がわかっているのだから、隠れればいい。
会わなければいい。
わかっているのに。
どうすることもできなくて、おれは部屋にいる。
鳴らされたチャイムに、居留守を使うこともできなくて、馬鹿正直に鍵をあけてしまう。
「……はい」
「やあ、久しぶり」
扉を開けただけで、招き入れてはいないのに。
なのに、それが当然のように。
やって来たあいつは、部屋に入りおれを抱きしめて扉の鍵をかけてしまう。
「元気そうで、なによりだ」
「お前も……」
季節の便りを先ぶれにやってきて、当たり前のようにあいつはおれにキスをする。
唇から始まって、全身いたるところに。
おれをぐずぐずにして、好きに扱った後、送りつけてきた野菜で何かしら作り、うちの冷蔵庫をいっぱいにしていく。
「これ、ちゃんと食えよ」
「……ああ」
「また送る」
「うん」
「いい子にしてろよ」
額に落とされる、優しいキス。
ああ。
またおれは、便りを待ってしまうんだろう。
お前は、おれのところには通うだけなのに。
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