恋文とキスの日 2014 

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年に一度、過去の君から、手紙が届く。 きっかけは何だったか。 今でははっきりとは覚えていない。 多分、二人で手に入れた家に越してすぐのころ、テレビで見たのだと思う。 郵便局で手続きすれば、未来の自分に手紙が届けられる、っていうやつ。 その時は面白いことを考えるやつもいたもんだと、感心しただけだった。 もしかするとそういったことを口に出したのかもしれない。 君が苦笑いしながら、学校教育の現場で使うこともあると教えてくれた。 それだけ。 君が病に倒れたときに、思い出したのはその仕組みのこと。 どうせ笑い話になるから、やってみようといったのは俺。 すごく恥ずかしいと渋るのを、なだめすかして手紙を書かせ、一年に一度、一通ずつ届くように手配した。 最初の一回は、照れる君と笑いながら読んだ。 読み上げようとしたら、返せと顔を真っ赤にして恥ずかしがるのが、かわいかった。 次の三回は病室の君の枕元で。 音読したら目を開けるかと、耳元で声に出して読んでみたけど、自分が恥ずかしい思いをしただけだった。 その次は焼き場の待ち合いで、何て皮肉なことだと思いながら封を切った。 俺のことだけを思ってくれる、優しい言葉を受け取った。 それから五回は、自宅で、一人、受け取った。 これで、十年。 終わりのはずだった。 山が笑って空が青くなって、でもまだ夏の遠い時期。 君の好きな季節がやってくる。 君が愛した二人の家の、猫の額のように狭い庭には、今年もたくさんの花が咲いた。 愛でてくれる人もないままに。 俺はゆっくりと漂うように、毎日を過ごす。 そうやって今日も、何とか一日を過ごして家に帰りつく。 いつものように郵便受けを覗いたら、DMに混じって見覚えのある封筒が入っていた。 そんな筈はないと、宛書きをみる。 間違いではなく、俺の宛先。 送り主は君。 けれど見覚えのない女の筆跡。 部屋に入って中身を見れば、しゃんと二つ折になった紙とよれたように四つ折にされた紙。 『驚かせてしまい、申し訳ありません。どうしてもと乞われましたので、かわりに手続き致しました。  料金はきちんといただいております。ご心配なく』 二つ折に書かれたメッセージに添えられた名前は、あの頃頼んでいた介添師のもの。 それでは、これは間違いなく君からの手紙。 正真正銘、最期の。 角の揃わないよれた四つ折。 力の入らない手で自分で折ったのだろう。 開いたら、たくさんの × がかかれていた。 『英語の手紙のさぁ、最後のバッテン、あれなんだ?』 かつて君に問うたのは、俺。 キス一つがバッテン一つ。 そう言って、笑いながら答えたのは君。 大きさの不揃いな揺れる線で、紙いっぱいのキスマーク。 ところどころ滲んでいるのは君の涙だろうか。 「バカだなあ……」 笑ってしまった。 「バカだろ……」 声に出したら、途端に視界がぶれた。 ああ、もう、ホントに。 愛しているよ。 こんなに可愛いことを、最期の力で真面目にやらかすヤツを。 嫌いになどなれない。 忘れることなど、出来るわけがない。 過去の君からの手紙は、俺の知らなかったのも含めて、全部で十一通。 これがあれば、生きていける。 君が選んで愛したこの家で、一人でも時間を過ごせる。 「ホント、バカだなあ……お前……」 俺はこれ以上滲んだキスマークが増えないように気を付けながら、よれよれの紙にキスをした。
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