恋文とキスの日 2015

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「で、どれをどうするって?」 久しぶりに、年上の恋人の部屋に来た。 最近はもっぱら外で会うことが多かったから。 昼飯は俺が手料理を作って、食後は彼にコーヒーを入れてもらう。 時間気にせずのんびりして、多分、余所ではおやつの時間。 俺はローテーブルの上にPCを開く。 横には携帯電話と新品のスマホ。 「中に入っているデータを、とりあえず、保存できる状態にしてほしいんだ」 「本体のデータ? MiniSD?」 「メールと写真のデータ」 会話になっているような、なっていないような回答に、肩をすくめる。 機械音痴だっていうのは知っているから、これ以上言っても仕方がない。 恋人が普段使っている機能の中にあるものすべて、っていう解釈でいいんだろう。 「保存先は? クラウドでいいの? PC?」 「くらうど?」 不思議そうな顔で宙を見上げられた。 なんだよかわいいじゃねえかチクショウ。 っていうか、あんたホントにサラリーマンかよ。 「わーった。あんたが使える状況にしてあったら、保存先にこれって希望はないわけね?」 「ああ、うん。そうだな。頼む」 頼まれますとも。 他ならぬ、あんたのためだから。 やっとガラケーからスマホに変えさせることができた。 色々とアプリ突っ込んで、俺のと連携させてしまいますとも。 ストーカーというならいいやがれ。 この人の破壊力を知らんだろう。 これで大手企業の人事課長だっていうんだから、驚きだ。 会社潰れんじゃね? ってくらい、日常のこの人はほややんだ。 できない人な訳じゃなくて、その力の抜け具合が。 仕事してる時と普段とのギャップの破壊力、半端ないんだからな。 ギャップ萌えってこれかよって、仕事先でこの人見たとき、実感したくれえだ。 独り占めしたい。 目を離したくない。 ほんとなら拉致監禁して、でろんでろんにとかして甘やかして、ずっと一緒に居たい。 そうするには先立つものが足りなさすぎる、こちとらルーキーだ。 「ごめんな、休みの日にまで」 「んあ?」 「ずっと画面見て端末と格闘しているのは知ってるから……休みの日くらい、パソコンしないですむようにと思ったんだけど」 「いいよ、あんただってせっかく買ったスマホ、使えなきゃ困んだろ?」 「うん」 おや? と思った。 意外な即答。 それが態度に出たのか、あんたは慌てて言いつのった。 「仕事では困らないんだ。支給されている携帯があるから。でも……あの、お前と、連絡つかないのは……ちょっと、困る」 くあああああああっ これだ。 どうよ、これ。 「ちょっとしか、困んねえの?」 「……大分、困る」 「困るだけ?」 「……」 突っ込んだら、耳も首も真っ赤になって黙り込んだ。 ああああああ、もう! 「あのさ…」 言いかけた瞬間に、携帯の呼び出し音が鳴る。 仕事用の方。 「あ、ごめん」 慌てて手に取ったので、どうぞ、とジェスチャーをしてPCに向き直った。 割とあるな、保存してあるもの。 つかこれ、吸い上げてねえだろ。 全部保存しようとして、記憶容量かっつかつにしてんだろ。 何やってんだかなぁもう。 「ああ、はい……その件につきましては、会場を押さえて……はい、例年通りに。先方には連絡済みですが……ああ、そちらは…」 俺を気にしたのか、仕事用の鞄を持って離れたところに行く。 うん、そうね。 課長さんだから、色々と忙しいよね。 自分とこの休みと、ほかの会社の休みが重なるとは限らないもんね。 怒らねえよ、それくらいじゃもう。 学生の時は、拗ねて困らせたりもしたけどさ。 俺だって今では会社員ですから。 PCのハードとクラウド、両方にフォルダを作ってしまおう。 バックアップまで面倒見ておかなきゃ、自分では絶対しないだろうし。 さくっと作業してデータの移行に入る。 ふ、と、魔がさした。 ホントに魔がさしたとしか言いようがない。 いや、疑ってたわけじゃなくて。 そういうんじゃなくて、データの移行がちゃんとできてるか、確認しようとしただけで。 そうそう。 確認。 確認作業、ね。 で、メールの方のフォルダを、開けた。 出てきたのは、大量のメール。 それも、他愛のない短いものばっかり。 『元気? ちゃんと飯食った?』 『レポート、訳わかんねぇ』 『愛してる』 『明日、三次面接』 『ちゃんと布団で寝ろ。風邪ひくな』 『出張いってら。気を付けて』 『好き』 『今度いつ会える?』 『ねみい』 『今日はさんきゅ』 『身体、大丈夫?』 『今度会ったら、ちゅーしていい?』 『腹減ったけどむねいっぱい』 『充電してえ。べろっちゅう所望』 おいおいおい。 日付見てまたびっくりだ。 「ごめんね。どうかな、できそう?」 通話を終わらせて戻った恋人が、ひょいとPCを覗き込んで奇声をあげた。 「あああああああっ! なにっなんで、中身見てるんだ?!」 「データ移行の確認」 「見なくてもいいじゃないか!」 「いや、もう、見ちゃったし。うん、うまくいってる。これで保存完了」 「あ、ありが……と…」 「なあ、これって」 「ほえ?!」 ほえって。 ホントに可愛いな、いくつだよあんた。 「これ、俺の送ったメール? とってあんの? 全部?」 「……全部じゃ、ない」 「いやでも。これ、まだ俺が学生ん時のじゃん」 「全部じゃない。間違って消しちゃったり、した」 「……ほぼ、全部、なんだ?」 「っていうか、もう! 何で見てるんだよ! 見るなよバカ―!」 「確認しなきゃ、移行完了したかどうかなんて、わかんねえだろ」 もうもうもう、バカ―バカ―バカ―!! そう繰り返して俺の背中を可愛らしく殴りつけた後、恋人は部屋の隅に行ってしまった。 だから、もう。 あんたなんだってそんなに可愛いんだよ。 PCの電源を落として、近づく。 せっかく隅に行ってくれたんだから、そのまま、追い詰めて抱え込んだ。 「作業完了。ご褒美頂戴」 「……バカ。やだ」 「なあ、何で、あんなどうでもいいメールまで、とってあったの?」 「どうでもいい訳ない」 「ん?」 「メールって、手紙じゃないか。大事だよ。大事にとっておくに決まってる。お前からのラブレターじゃないか」 ああああああああああああああ! これ。 どうよこれ!! 俺、キレていいよな。 理性とか放り投げていいよな。 「ちゅーして」 「やだ」 「ちゃんと作業したのに、ご褒美、くれないの?」 「いじわる」 「すっげえ、充電してえ。べろっちゅう、所望」 耳元で、送ったメールの文章を囁いたら、上目づかいに見上げられた。 しかも涙目。 「な、ちゅーして」 「バカ」 恋人の唇がそっと俺の顎に触れる。 逃げようとするのを捕まえて、唇をとらえた。 お互い正気に戻るのは、きっとすっかり日が暮れてから。
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