縹色の影

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ごう、と音を立てて風上から急に強い風が吹いた。風はハナの髪を荒々しく掻き上げ、マントを煽り、木々たちを揺さぶって道を駆け抜けていった。目も開いていられず、思わず顔を両手で覆った。風が通り過ぎた後、湿った冷たい土の残り香だけがハナの鼻に強く薫った。 目にかかる髪を直しながら、記憶の糸をたどる。ハナはぼうっとあたりを見回した。そして、ああ、と呟く。 「ここは杉の道だわ」 ハナは再びよろよろ歩き始めた。道の先にまだ終わりは見えない。相変わらず影のような木立は整然と何も言わずに両側に並び、足音だけがあたりに響く。 ぽっかり、体の真ん中に穴が開いたような気分だった。 さっきまで一体何を考えていたんだっけとハナは一人思う。何も思い出せない。しかし、何かしこりのようなものが、胸のあたりに残っている。重く、氷のようなものが心臓で固まって溶けない。それがハナの息を苦しくして、足取りを重くさせる。 ああ、私は悲しいんだわ、とハナは思った。しかし、その理由は分からないし、思い出せそうにない。 その代わりに、ハナはあのメロディーを口ずさんだ。その声は寒さで震え、少しかすれている。 Ich schnitt in seine Rinde So manches liebe Wort; Es zog in Freud und Leide Zu ihm mich immer fort.  か細い歌声は白い息とともに、木々の陰に吸い込まれていった。  そこでハナはやっと思い出した。
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