縹色の影

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母はハナと同じように外を眺めながら言った。 「ハナの歌を聞いていると向こうの川のせせらぎや鳥の声や、空気のにおいまで薫ってくるようよ。ハナを連れて一度行きたいわ」 でも、と母は言った。 「ここで聞くと格別ね。やっぱりこの場所と私の故郷はどこかつながっている気がするわ」  母は故郷の話となると、何度も同じ話を聞かせてくる。とくにこの那須野我原の別荘に来ると、ハナが止めるまでいつまでも話した。それは母が言うように、この地がどこか向こうに似ているからなのだろうとハナは思っていた。 故郷の話をする母は急に生き生きして目が輝く。母が話す故郷には、鮮やかな思い出が残されている。母はそこで生まれ育ち、父との愛を誓い、首を縦に振らぬ両親との軋轢に涙し、遠い日本の地に来ることを決心した。以来一度も可の地を踏むことはないだろうし、このまま母は日本の地に骨をうずめるだろう。  しかし、それでも母は故郷を愛する。二度と踏めぬ安らぎの地を今日も夢見る。 ハナはそれをいつもどこか遠い目で見つめていた。なんというか、自分一人だけ取り残されたような気分になる。どうしたらいいのか途方に暮れてしまう。 1人楽しそうにしている母を見ると、少し意地悪をしたくなる。ハナはぼんやりと遠くを見ながら続きを歌った。 今日もよぎりぬ 暗きさよなか まやみに立ちて まなこ閉ずれば 枝はそよぎて 語るごとし 来よいとし友 此処に幸あり
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