縹色の影

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「あら日本語で歌ってしまうの?」 日本語ではどの部分を歌っているのかわからないのよ、とお母様が残念そうに言った。ハナはその言葉にどうこたえていいかわからなかった。 「…お母様はずるいわ」 ハナは母と目を合わせないようにしながら、そうつぶやいた。お母様はずるい。今まで言いたかったのはそういうことなのかもしれない。  母は何も言わない。ハナはどう言葉を続けてよいかわからぬまま、とにかく何かを言わなければならないような気がして言った。 「お母様だけ何も気にしてないなんて、ずるいわ」 「ずるい?」 母がそう聞き返す声は、どこか冷たいように感じた。その声を聴いて、ハナは今まで自分をせき止めていたものが壊れるのを感じた。 「ええそうよ、お母様はずるいわ。お父様もそう。みんなそう」  そして、私だけが、永遠に独りぼっち。 いつもそうだった。  日本人のハナに流れる、ドイツ人の血。いったい今まで何回、それを理由にハナは独りぼっちになってきただろう。日本人ではないという刻印、それはいつもハナを異質にさせる。何度恨んだかわからない、ハナに刻まれた永遠の呪いだった。ハナにだけ、気が付けばどこにも居場所がない。そして今も、それに苦しんでいるはずの母もハナから離れてゆく。ハナはそれに苦しんでいるというのに、母は簡単に救われている。母に、父に、そして周りの者が持っている者が、ハナにだけ欠けている。  ハナはいつの間にか、ぽろぽろと涙を流していた。その姿を見ていた母はやがて、ゆっくり言った。 「あなたはもうわかっているでしょう」 ハナははじかれたように母のほうを向いた。そこにいたのは、金の髪に高い背丈を持つ、エリザーベトという一人のドイツ人の女性としての母がいた。  母の口が開く。声は聞こえなかった。しかし、その口が何を言っているのかは分かった。  あなたにもとっくにあるって、わかっているでしょう?
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