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終わりは始まり
「私ね……探してたの。自分のルーツを、なんで歌手になりたかったかって」
「そうか……」
なぜか二人ともが忘れてはいたが、ふたりは幼馴染だった。そのことを思い出した瞬間こそ笑顔だったが、思い出したように知世は話を切り出した。
「なんかね、最近つかれちゃってさ。歌を歌いたいだけなのに、なんで別のことのほうが忙しいの?って。水着になって写真撮られたり……そういうの違うなって思って」
「ああ……そうだな。オマエ、歌うまかったもんな」
「たっくん……変わったね」
「な、なんでだよ。オマエの方こそだろ」
「うーうん。たっくん変わった。冷たくなった」
「な! いや……うん……その……なんだ、なんで忘れてたんだろうって思ってさ。オマエのこと……なんで……忘れてられたのかなって……」
「覚えてないの?」
「え?」
「私は知ってるよ」
「な、なにをだ?」
「たっくん、お母さん死んじゃったでしょ? 交通事故で」
「あ、ああ……ああ……」
「しかもさ……目の前で……だったよね?」
「ああ……そ、そうだ……そ、それが?」
「私も居たんだよね。一緒に」
「え?」
「それからだと思う」
「何が?」
「たっくん私を避けるようになった」
「え? あ、いや……いやいやいや、オマエ関係ないじゃん。別にオマエのせいとか、そういうんじゃ……なかったよな? えっと……え? なんか思い出せないや」
「うん……わかんないんだけど……たぶん……私を見ると、思い出すからじゃないかな? 事故のことを」
「そ……そんな……」
「でね……私も忘れた。ううん……忘れようと必死にがんばった。頑張ってるうちに忘れた。ううん……忘れた気になってた。でもダメだったんだと思う。だから、今は頑張れない。頑張れないから逃げてきたの」
「ゴメン……俺の……せいだな」
「ううん、違うよ。ホントに忘れちゃったんだ……」
知世は少し悲しそうな顔をして川の方に目をやった。
「あの時、たっくんが取ってくれたんだよ。私の麦わら帽子。飛んでいっちゃった麦わら帽子を」
「そうか……そうだったな……そんな気が……する」
「うん、ありがとう。これでスッキリした。私、行くね」
「え?」
立ち上がり歩き出す知世の向こうには黒装束の男たちが見えた。事務所の人間だろう。事務所の人間が迎えに来たのだ。
「チセー、オマエ、それでいーいんか?」
「い、いいもなにも……しょうがないじゃない。戻るしかないじゃない」
「んなこたー聞いてねーんだよ! オマエがどうしたいか聞いてんだ」
「おい坊主。もうやめないか」
巧人の腕をひとりの男がつかんだ。
「坊主がこれいじょうワガママを言ったって、彼女の立場を悪くするだけだ」
「うっせーな。んなこたー分かってんだよ。だけどな、わかんねーんだ。チセ! オマエ、それで本当にいいのかよ!」
「ううん……よくない。いいわけない」
それまで気丈に笑っていた知世……チセの瞳に涙が流れ、落ちた。
「よし」
巧人は男を振り切るとバイクのエンジンをかけ、走り出した。
「チセ! 来い!」
「うん!」
走りながらチセの横をすり抜けると、チセを抱き上げた。
「ま、待て!」
――ブロロロロロー
叫ぶ男たち置き去りにしてバイクは走り出した。那須野が原の田舎道を右に左に。
「ちょ、ちょっとビショビショじゃない! 濡れるじゃない!」
「ふんっ夏の風が乾かしてくれるさ」
遠く、那須連峰の山々を背景にバイクは走っていく。それから、一度、祖母の家に寄り、荷物をとると駅へと向かった。
「でもさ、なんでトモヨなんだ?」
「バッカね。芸名よ芸名」
「ああ~小っせーって、からかってたから改名したのかと思ったぜ」
「あ、それもある。てか、なんでそういうどーでもいいことは思い出すのよ!」
「あははは。わりいわりい、でもさ……約束、覚えてるぜ」
「……約束……ね」
「お前が歌を歌う。俺が詩を書く。だろ?」
「はあ? ぜっんぜーん違うんですけどー」
「え? ええええー? そうだろ? そうだよな? な? じゃ、じゃあなんだよ」
「教えてあげません! 自分で思い出してね!」
やがてバイクは塩原の駅に着いた。バイクを降りるとチセは歩き出した。
「お、おい。約束ってなんだってんだよ」
「しょーがないなー、わかってるくせに」
チセは言いながら巧人の荷物の中からノートを取り出した。
「お、おい」
――君との瞬間
それは君だって
分かっていたのに
僕はいつも
言い出せないまま……
「……これ、アンタが書いたんでしょ?」
チセは、答えを言わないままホームへと消えていった。
「ああチセ。俺は変わらない。俺はあの時のまま、同じ気持ちさ」
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