いきあうとき

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いきあうとき

 栃木弁では『出会う』ことを『いきあう』という。『行き会う』のか、『生き逢う』のか……いずれにせよ出会いとは、たいていの場合、突然訪れる。    ――夏の日の午後   「ねえそこのキミ? 後ろに乗ってあげても良くってよ」  那須塩原の駅前、西口ロータリーに巧人がバイクを止め、横に座り込んでスマホを見ていると声がした。 「ん? え? 誰? 俺?」  巧人は顔を上げて周囲を見た。自分の他には誰もいない。そして声の主はすぐに見つかった。ここらではあまり見ないような派手な服を着ていて帽子を深くかぶっている。そして顔中が隠れるような大きなサングラスをしていた。ズバリ、ちょっと怪しい少女だった。それが知世(ともよ)だ。知世(ともよ)との初めての出会いだ。   「そーよアンタよ。アンタしかいないでしょ」 「あ、ああ~プチ過疎ってるもんなココ」 「そうそう。そうなのよ! で? どーなの?」 「何が?」 「後ろに乗ってあげてもいいわよ?」 「え?」 「だから! 私がそのちっこいバイクの後ろに乗ってあげるって言ってんの! 光栄でしょ?」 「え? なんで?」 「な、なんでって、逆になんでよ……私よ? 私」  怪しい少女……知世はサングラスを少しずらしてみせた。 「は、はあ~。私さんですか……それが?」 「ったくニブいわねぇ~私よ私! 乃木知世(のぎともよ)よ!」 「………えっと……知り合い……だっけ?」 「は~あ? アンタ私のこと知らないの?」 「ああ」 「か~! これだから田舎もんはダメなのよ。どこの山奥から出てきたってーのよ」 「東京からだけど」 「え?」 「いや、だから東京から、ばっちゃんの手伝いに来てるだけだけど」 「東京? 東京に住んでて知らないの???」 「ああ……ってなんか住まいが関係あるの?」 「ったく。特別だからね。いーい? 内緒よ?」 「お、おう……内緒の話か……」 「私は……○×#▲の……トモちんよ……」 「……………」 「な、なによ。その鳩が豆鉄砲を食ったような顔はさ。ま、鳩が豆鉄砲食った顔なんて見たこと無いけどね」 「○×#▲の……トモちん?」 「そーよ。驚いた? 驚いて声も出ない感じ?」 「あ、ああ……」 「そーお? それならいいのよ。じゃあ……」 「じゃ、俺行くわ」  巧人はヤバいのに絡まれた、と思ってヘルメットに手をかけた。   「行くな! ちょっと待て~い!」 「んだよ。そーいうの間に合ってますんで、俺は行きますですよ」 「わかったわ。わかったわよ。アンタがかーなーり重度に鈍いってことはね。まあ、私もいつもと違うフンワリとした雰囲気だし~、アンタ本物見るのは初めてなのでしょうし~、寛大なトモちんは許したげるわよ」  ――キュルキュルキュルゥ~~  「って待ちなさいよ! 話の途中でエンジンかけんな!」 「なんだよ! いい加減にしないと警察呼ぶぞ!」 「は? はーあ? な、何言ってんのよ。いい加減にするのは……そっちの方じゃないの……」 「や、あ……なんか……ゴメン」  宗教的な勧誘か風俗的な何かと思っていた巧人は思わず大声を出していた。そしてすぐに後悔した。少女の……知世の目から涙がこぼれたのが見えたのだ。   「いーのよ、いーのよ。警察でもなんでも呼べば。そしたら事務所に連絡が行って連れ戻されて終わりでしょうよ。私なんか私なんか、どうせそういう運命の星のもとに生まれてきた人生なのよ。チヤホヤともてはやされることしかできないのよ!」 「ま、まあ。何があったか知らないけど、元気出せよ。ちょっとだけなら話聞いてやるぜ?」 「ほんと!」 「ま、ま~力にはなれないけどな」 「な、なんだと! じゃいい! もう泣いてやる! 泣き叫んでやるんだから!」 「お、おいおいおいおい。わかったわかった。俺にできることならやってやるからよ。勘弁してくれよ」  聞けば知世は、どこかに財布を忘れたらしい。ここから3~40分の場所に用があるのだが、そこまでの足がない。知らない人の車に乗るのは危険だからバイクがいい。できれば人畜無害そうな人のほうがいい……と、かれこれ1時間くらいロータリーをうろついていたという。 「最初からそう言えよ。金がねーから送って行ってくれってことだろ?」 「うん、うん! それそれ!」 「わかったわかった。ほれ、乗れよ。俺も人待ってるけどまだ来てないみたいだから、ちゃっちゃと行って戻んなきゃだからさ」  巧人はシートにぶら下げてあったもう一つのヘルメットを取ると知世に手渡した。 「ありがと」 「で? どこに行きたいんだ?」 「えっとね、本間千津恵さんって人の家……っても分かんないか」 「え?」 「ちょっとまって住所出すから」 「いやいやいや、それって……俺のばっちゃんの名前だけど……」 「エエエエーーーーッ」  なんの運命のいたずらなのか、巧人が祖母に言われて駅に居た目的、それこそが知世の迎えだったのだ。
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