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逃走
―― 一時間ほど後
「うぉぉぉおおおおおお―――っ! な、なんだってんだよアイツら!」
夏の青い空の下、田畑や緑に囲まれた田舎道を疾走するバイクがあった。
「ちょ、ちょっとぉおお~危ない! 危ないってば!」
巧人と知世を乗せたバイクだ。祖母のもとに知世を送り届けると、今度は知世と一緒にあたりを回ってこい、と言われて出てきたのだ。そして知世が行きたい、と言う『この木なんの木』みたいな木を見終わり移動し始めると、後を黒塗りのワンボックスカーが走っているのに気がついた。どうやらふたりを、いいや知世のことを追ってきたようだった。
「危ないって言っても、追いつかれてもいいのかよ!」
「そ、それは……困る……ケド……」
「だったら、つっきるしかねーだろ」
巧人はなぜ追われてるのか分からなかったが追われれば逃げるのが人間のさが、地の利、小回りの効くバイクの利を利用して逃げた。
「よし蛇尾川を渡るぞ!」
「え? ちょ、ちょっと~橋がないよ!」
「大丈夫だ……道は、求める者の前に開かれん!」
「ほんとに?」
「た……たぶん」
栃木県那須塩原にある蛇尾川というのは不思議な川で、地図で見れば大きな川のように見える。立派な橋がかかっている箇所もある。しかし、大雨でも降らなければ水が流れることはない水無しの川なのだ。だから川の横腹を渡るような道があったりもする。そんな蛇尾川の上を砂煙をあげてバイクは走りぬけてゆく。
「あわわわわわ、ゆ、揺れる、揺れるよ~」
「そりゃ揺れるわ。舗装なんてされてねーからな」
「あ! 牛! 牛がいる!」
川を渡り切ると畑脇の小道を右へ左へと走った。
「はーあ? 牛なんてそこら中にいるだろーが。牛だってメダカだってアメンボだってみんな居るよ!」
「あ~みんなみんな友達なんだね~」
「……ちっげーし。それよりどーだ? ヤツらまけたか?」
「う……うん……」
「よっしゃー! でも、なんだったんだ? アイツらは」
巧人はバイクを路肩に止めるとヘルメットを外した。
「さぁ~ってとぉ、次はどこへ行こっかなぁ~」
つられるように知世もヘルメットを外すと、すかさずスマホに目を落とした。
「っておい! 無視すんな!」
「あーゴメンゴメン。えっと……巧人くん? キミはどこか行きたいところがあるのかな?」
「うーん~なんか美味しいモノが食べたいなぁ~……って! 行きたい観光地聞いてるんじゃないよ。追っかけてきたアイツらは誰だ? って聞いてんの!」
そもそも黒いワンボックスカーを見て『逃げて!』といったのは知世だった。だから当然、理由も知ってるはずである。
「…………知りたいの?……本当に?」
今までフザケたように笑っていた知世だったが、それが急に真顔になったものだから巧人も少し神妙にならざるを得なかった。
「あ、ああ……そ、そりゃあ逃げるんなら知らないと……だろ?」
「そうだね。そうだよね。でも……ゴメンなさい。今は……言えない」
「そっか。ならひとつだけ確認させてくれ。アイツら警察とかじゃないよな? あと……親とか、そーいうんじゃないよな? 家出とかなら……手伝えないぜ?」
「うん。それは違う……信じて」
「そうか、ならイイぜ」
「へ? いーの?」
「ああ。信じてって言ったオマエの目はフザケてなかったからな」
「ふ~ん~アンタ……チョロいわね」
「な、なんてこと言うんだよ! やっぱ前言撤回! 説明を要求する!」
「ふむふむ。次はここね。道の駅『明治の森・黒磯』」
「おい。話聞いてんのか?」
「うん。牧草アイスってのがウマいらしいよ」
「アイスか……と、とりあえず、そこまでは行ってやらあ」
――ブロロロロロ~
小気味よいエンジン音を響かせて、バイクは田舎道をまた走り出した。
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