それは君?

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それは君?

「ばっちゃん帰ったぜー」 「おう、よく戻ったなぁ」  祖母、千津恵の家は駅から車で……いいやバイクで30~40分のところにあった。田園風景を抜け、少しばかりの木々の間にひっそりと建っている。 「これでOKか?」 「何がだ」 「いや、約束だろ? バイクくれるってよ」  拓人が祖母の家に来た理由、それはバイクだった。祖母の手伝いをすればバイクをくれる、そういう理由で来ていた。 「知世しだいだろーが」  その祖母の出した条件ーー手伝いとは、知世を連れて走り回るというものだった。知世の祖母の節子と巧人の祖母の千鶴恵は古くからの友人であり、知世も千鶴恵のことを知っていた。その節子が少し前に亡くなり、その葬儀の場で知世と再会したことがきっかけで遊びに来ていたのだ。 「何日だ? 何箇所だ? 回るのは?」  だから、そう聞いた拓人だったが 「そりゃあ知世しだいだろーが」  と祖母は答えるだけだった。つまり知世が納得するまで――という条件だ。 「んーだよー。じゃー知世! もういいよな? 十分だよな?」 「なに? 呼び捨て?」 「んだよー。分かった分かった、知世さん、もうご満足いただけましたよね?」 「まだよ」 「はーあ? なんだよ下手に出てりゃーよー。変なのに追われるしよー」 「んだって?」  『追われた』というのを聞いて祖母の目が険しくなった。 「知世、オメーさん黙ってきたんだべか?」 「いいえおば様。父にはことわってきています……置手紙で……ですが」 「したらナニモンだぁ~」 「きっと事務所の……」 「なるほどなるほど。えーんか?」 「はい……もう少しだけ……」 「そーけそーけ。したら好きにすりゃーよかんべ」 「んだよーまだかよー。じゃとりあえず送ってくから」  ふたりのやりとりをぼんやりと眺めていた巧人だったが、あきらめたように立ち上がった。 「どこに?」 「どこにって、どっか泊まってるんだろ? ホテルとか」 「ここに滞在する予定だけど?」 「へ?」  巧人が驚いて祖母の方を見ると、祖母は静かに頷いていた。 「さ、したら、夕食の支度でもするべか」  祖母が食事の支度をしに奥にひっこんでしまうと、知世と目が合った。そして目が合った瞬間に目を背けた。そのことで逆に知世の瞳の残像が胸の奥に畳み込まれていって、胸の下あたりがむず痒いような、こそばゆいような感じがした。   「あ、あははは……そ、そうなんだ。し、仕方ないなあ~、あはははは」 「なにアンタ、変な声出して。ダイジョーブ?」 「な、んだと!」  赤くなった顔を見られまいと巧人は奥の部屋に引っ込んでしまった。祖母の家にくるといつも使ってる自分の部屋だ。天窓から見上げた空はだんだんと群青に塗られ、星がひとつ、ふたつと数を増やしていくのが見えた…… 「ちょっと、ちょっとーおーい……寝てんの? 入るわよ?」  小一時間ほど経ったころ、巧人の部屋のドアを叩いたのは知世だった。 「ったくぅ~なんで私がこんなヤツ起しに来なくちゃならないのよ~おいこら!」  机にうつぶせになって寝ていた巧人の背中を叩こうとしたとき、机の上に広げられたノートが目に入った。そこには殴り書きのように言葉が綴られていた。  それは君だった  ぽっかりとあいた空の下  風の向こうへと  僕を連れだす    それは君だった  知らんぷりした季節の中  突然現れて  僕をつかまえた    いきあうとき  であうとき  すれちがうとき  すぎさるとき     僕の心に風を起こすのは  いつだって  ああ  それは君だった 「なにこれ……詩?」  知世は部屋を飛び出した。勝手に見てはいけないものを見てしまった気がして。それだからか、夕食の間、気まずい空気が流れたままだった。
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