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星月夜
「だから! 分かってるって言ってんでしょ!」
それは夜のことだった。突然、知世の声が響いた。どうやら携帯電話で誰かと話しているらしい。
「うん……そう。だから大丈夫だって。賠償金? そんなの知らないわよ!……え? うん……分かったから。来週には……はい……はい……はい……じゃあそういうことで」
知世の声は、ときに大きく、ときに小さく、張り詰めたり、弱まったりしながら続くと消え入るように終わった。知世は気を使ったのか外で電話していたのだが、巧人はちょうど外に置いてある椅子に座って空を見上げていたから、ほとんど筒抜けだった。
「や、やあ~あはははは」
隠れようかと思った巧人だったが、そんな場所もなく、電話が終わった知世と目が合ってしまった。
「なに? アンタ盗み聞き?」
「な、んなこたねーよ。あんな大声で話してたら町中で聞こえるわ」
「ふんっ 内緒よ、今の話は」
自分も巧人のノートを勝手に見た後ろめたさから、それ以上のことは言えなかった。横に座ると、巧人の視線をたどって空を見上げた。
「星が……綺麗ね」
「ああ、ここら辺で見る星の数は東京より多い」
「バカね。星の数なんて同じよ。見えるかどうかでしょ」
「ち、知ってるよそんなこと。ロマンがねーなあ~オマエは」
「ロマン……かあ……」
それからしばらく沈黙の時間が流れた。巧人はこんなときに流れを変えるうまい話など思いつかず、そのままにしておくしかなかった。
「ね、アンタ、おとぎ話を信じる?」
「へ? おとぎ話? 魔法使いとか、王子様とか、キビ団子とか出てくるやつか?」
「……な、なんか変な気がするけど……まあそうね。そーいうの」
「んーおとぎ話ってのも事実に基づいてるって言うしなあ~半分信じるって感じかな。オマエは?」
「私? 私は信じない。私は自分を、自分の努力を信じるだけ」
「そうか。じゃあ魔法も信じないのか?」
「魔法?」
「そう。俺はさ、魔法ってあるって思うんだよね。そりゃ空飛ぶとかそういうのじゃなくね。てか人間って空飛べてるけどな。あれも魔法っちゃ魔法か。まあそういうんじゃなくて、なんていうんだろう。思いとか、夢とか、そういうのって人間の生き方を変える、つまりは世界を変える魔法なんだって信じてるんだ」
「ふーん、やっぱ夢想家ね」
「な、んだと!」
「いやいや、良いんじゃない? 私は私、アンタはアンタ、同じ考えでいる必要なんてない」
「お、おう。しかしあれだな。そんな現実主義のオマエが何を探しているんだ? あの観光地巡りって何か探してるんだろ? なんかこう目に見えない何かを」
「そうね……私、何を探しているんだろう? きっと証明したいんだと思う。今の自分が間違ってないって。これから進んでいく自分が間違ってないって」
「ふーん……分からん」
「ま、夢見る夢子ちゃんのアンタにはわからないでしょうけどね~」
「んだと!」
「でも……詩、よかったわよ」
言いながら知世は笑った。
「な、な、な、み、見たのか?」
巧人は走って行った。自分の部屋に。ノートを確かめに。
「ふ……魔法か……あれば……いいんだけどね」
空には天の川がくっきりと映っていた。
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