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夢うつつ
――たっくん、たっくんてばよ~
巧人のことを呼ぶ声がする。懐かしい声だ。昔よく知っていたが、最近では忘れてしまった懐かしい声だ。
「ね! たっくん起きて!」
「お、おう~ね、寝とらんて、寝とらんよ~」
「ったくぅ~、なんでそんなウソつくかねぇ~いびきかいとったべ」
「ね、寝とらんったら寝とらんわ」
「わーった、わーった、したっけ約束覚えてるよな?」
「約束ぅ?」
「ほーれ忘れとる。やっぱ寝とったっしょよ」
「ご、ごめん」
「よかんべ、よかんべ、じゃあ、も一度約束だかんね。今度こそ忘れるなや」
「あ、ああ……」
――かはっ
「ゆ……夢? 夢か? 今、俺は夢を……見ていたのか? えっと……なんの夢だったっけ?」
朝、味噌汁の湯気の香りに誘われて巧人は目を覚ました。居間にやって来ると、テーブルにはすでに知世が座っていた。
「わ、忘れてないからな!」
巧人は知世の顔を見るなり叫んでいた。
「はい? なんの話?」
「へ? い、いや……な、なんでもない」
でも、叫んだ瞬間に今度こそ目が覚めたようで、なぜそんなことを言ったのか自分でも理解できなかった。大概の場合そうであるように、巧人は夢の内容をあらかた忘れてしまっていたのだ。
「巧人! なぁ~に朝っぱらから浮かれとるんだ。知世ちゃんが居るんがそんげに嬉し~んか?」
ちょうど千鶴恵が味噌汁をもって現れた。
「な! そ、そんなワケあるか!」
「そぉ~け? まぁよかんべぇ~とりあえず朝飯食えばええベ」
「お、おう。腹ペコだぜぇ」
すぐに朝ごはんに飛びつこうとした巧人だったが、知世か千鶴恵の手伝いをするのを見て、巧人も食器を並べた。
「んで? ドコ行くんだ今日は? この辺ぐるぐるっても、あてはあるんだろうな?」
朝食をすっかり食べ終わると、巧人が切り出した。
「あてがあればアンタなんかに頼まないし」
「は~あ? なんだと! だ、だったらドコ行くっつーんだよ」
「次は……ココよ」
知世は一枚の古ぼけた写真を取り出した。それは今どきのデジタル写真ではなく、印画紙に銀塩プリントされた昔ながらの写真であり、色も褪せ、ところどころ破けていた。
「な、なんだよコレ。よく見えねーけど……どこだ?」
写真には、川の前に子供らしい二人の影が映っているのがかろうじて分かった。
「バカね。どこだか分からないから探すって言ってんのよ」
「んだと! だ~れがバカだ! バカって言った方がバカなんだぞ!」
「んじゃやっぱ巧人がバカだっぺ。でれすけめが」
二人のやり取りを無言で見ていた千鶴恵が口を開いた。
「あ~ばっちゃんまで~! バカの上にでれすけとはヒデーだろーがよ」
「バカだろがぁ~。こんな女の子相手に大っきな声を上げるとかよ~昔は……」
「昔?」
「……いんや、なんでもねー……それより、そこはおそらく……取水施設。那須疏水旧取水施設じゃあねえべか?」
「取水施設?」
「んだ。その写真の背景にぼんやり写っとるのは~トンネルじゃないべか? おそらく~取水口だと思うっぺさ」
「那須……疏水旧取水施設か……」
巧人はスマホを取り出すと検索し始めた。
那須疏水は、明治18年(1885年)に開かれたもので、安積疏水・琵琶湖疏水と並び、日本三大疏水に数えられている。現在残る旧取水施設は、昭和3年(1928年)に造られたもの、那須野が原開拓のシンボルとして国の重要文化財に指定されている。
「うーん……ま、行ってみるか」
巧人と知世は疏水旧取水施設がある那須疏水公園へと向かった。
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