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夏の麦ワラ帽子
「こりゃまた、な~んもない公園だなあ~」
那須疏水公園は河原にあった。駐車場から公園に降りていくと赤い橋が見え、その奥に石造りのトンネルがあった。それが旧取水口だ。
「でもいいじゃない。子供たちも楽しそうよ」
夏ともなれば家族連れが水遊びをするにはちょうどよさそうな公園だ。朝早かったが今も子供たちが遊んでいる。
「子供ねえ~……で? どーなんだここは? 満足か? 違うなら次行くぞ」
「ったく。とんだせっかち君ね。そんなんだからモテないのよ」
「はーあ? なんでそんなこと知ってんだ……って、それ今関係ねーだろ!」
「あははは……って、アレ……大変!」
知世は話の途中で川に向かって走り出した。川辺につくと、小さな女の子を抱きしめた。
「だ、ダメよ。ダメ。むやみに川に入ったら危ないじゃない」
「だ、だって~帽子が~私の麦わら帽子がぁ~」
少女が指さすほうを目で追うと、麦わら帽子が風に舞い上がり飛んでいた。麦わら帽子はゆらゆらと舞ってやがて川に落ちた。その川はさほど深いというわけでも急流というわけでもなかったが、少々遠い。そして川の流れ、というより風に吹かれてどんどん遠ざかって行った。
「サチもう諦めなさい。また買ってあげるから」
そこにやっと母親が現れた。知世に会釈をしている。
「だ、だけど……あの帽子は宝物なの……」
少女は泣き続けたが、その間にも麦わら帽子はどんどんと遠ざかって行った。
「ちっ、チキショウ」
「え? 巧人? どーするつもり?」
巧人は河原を走り出した。そして川の中に入っていってやがて麦わら帽子をつかんだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……これ……大事なもんなんだろ? 大切に……しろよな」
「うん! ありがとう! お兄ちゃん大好き!」
巧人が麦わら帽子を返すと、少女は顔中笑顔になって笑った。
「ったくバカね。ビショビショじゃない。どうやって帰るつもり? 私は後ろに乗るの嫌だからね!」
「お、オマエなあ~。ここでそれ言うか? 鬼かよ」
「ふふふ、でもね、また、見直し……た……って……え? あれ?」
知世は突然のめまいに襲われしゃがみこんでしまった。
「お、おい大丈夫かよ。ちょっと休むか」
巧人が肩を貸し東屋で休むと少し落ち着いてきた。
「なんだろ、私、この景色見たことある……」
「ん? デジャヴってやつか?」
「デジャヴ……ううん……本当に見たことがある」
そう言いながらさっきの写真を取り出して眺めた。
「これってさ、この写真の子供ってさ……麦わら帽子をかぶってるんじゃない?」
「え? ああ……まあ、そう、見えなくも……ないな」
「いいえ絶対そうよ。麦わら帽子……麦わら帽子……」
――麦わら帽子飛んだよ、夏の風に吹かれて。麦ワラぼうし飛んでさ、キミが泣いたよ……
「な、なんでそれを。その詩を知ってるんだよ」
「え? なんのこと?」
「今読んでた詩だよ」
「私? 今なにか言ってた?」
「ああ。これだろ?」
巧人は古いノートを出して1ページ目を開いた。
夏の麦ワラぼうし
麦ワラぼうしとんだよ
夏の風にふかれて
麦ワラぼうし飛んでさ
キミが泣いたよ
それを見てたら
なんだか胸がキュウってなって
寂しくなって
悲しくなって
ボクも泣いたよ
でもさダイジョーブ
いつだってダイジョーブ
ボクがとってあげるから
麦ワラぼうしボクがとったら
キミが笑ったよ
でもねフシギなんだ
麦ワラぼうしもどったのに
キミが笑ったのに
どんどん胸がキュウってなって
涙がぜんぜん止まらないんだ
「え? ええええーっ! た、たっくん?」
「チセか、オマエ、チセか!」
二人は同時に叫んでいた。
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