素直じゃない君の言い訳

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「そっか、面倒なことに巻き込んでごめん。向こうと合流するから」 「こちらこそすみません」  状況を把握するともう一人の子も出てきて自分に頭を下げてから三人ともその場をあとにした。電話の向こうで黙ったままの彼にもう一度声をかけると、また呪文のように文句を連ね始める。 「迎えに行く。どこにいるの?」 「……わかんない」 「え?」 「どこかわかんない。歩いてたらどこかわかんなくなった」 「あー、そっか。なにか大きなものとか目立つものとか」  あのまま歩き続けて道に迷ったようだ。そういや彼は方向音痴だった。地図の見方もわからないし、何回も通った道も覚えられない。迷子防止に住んでるマンションは駅から徒歩五分以内にある。  あれからかなり時間も過ぎているし、別れた場所から一駅分くらいは歩いているかもしれない。どっちの方面に歩いて行ったかを思い出す。 「たぶん公園。銀杏の木がいっぱいあって、広くて、犬が散歩してる」 「んー、ああ、そこか。近くにカフェが何軒かなかった? 寒いし店の中で待ってたら?」 「僕を待たせるの?」 「わかった。急いで行くから」  一旦通話を切ると電車に乗って見当のついた駅に向かう。公園は駅から歩いて十五分ほどの場所にあるのでここからだと三十分程度だろうか。ふて腐れた様子の機嫌をメッセージで確認しつつなにか手土産でも持っていくべきだろうかと思う。  それにしても別れてから四時間ちょっとは過ぎている。道に迷ったとは言え帰ろうと思えば帰る手段はあるのに、なぜずっと動かなかったのか。腹が立っていてそれどころではなかったのだろうか。 「もしかして俺から連絡が来るのずっと待ってたのかな」  なぜ追いかけてこないのかと文句を言っていたからそれもあり得る。いつもだったら追いかけても怒るくせに、ヤキモチなんか妬いてたし今日は珍しいことずくめだ。本当に別れるつもりだと思ったのか。  案外自分は信用がないんだな。こちらはいつ別れられても仕方ないと思っていたけれど、別れようなんて一度も思ったことがないのだが。 「あんまり意思の疎通できてなかったとか? まあ、お互いのことを話すかと言えばそうでもないし、俺も我がままを聞いてるだけで楽しかったから気にしてなかったな」  そろそろもう少し踏み込んだ関係を築くべき時期が来たのかもしれない。とりあえず会ったら早々にまた文句を言われそうではあるが、それを聞いたら話をしよう。  電車を降りたらだいぶ日が暮れてしまっていた。昼間と比べると気温も下がっているし、温まりそうなものを調達して急いで公園に向かう。しかし広い公園だからすぐに見つけられるか心配だ。 「そういえば広場があったな。犬が遊んでたような」  とりあえず目星を付けて園内を何ヶ所か回り、どんどん暮れていく日の中で彼を見つけたのは暗がりにある隅っこのベンチだった。ぽつんと小さな身体をさらに小さくするみたいに膝を抱えて座っている。  慌てて傍に寄るけれど、気づいているだろうに顔を上げない。のぞき込むように目の前にしゃがんで見上げたら、泣きそうに歪めた表情が見えた。 「瑞樹、遅くなってごめん。寒かったよな。ほら、カフェオレとたい焼き。温かいから」  ミニサイズのペットボトルを手に握らせてクリームの入ったたい焼きを口元に寄せる。すると引き結んでいた唇が開いてぱくんと頭を囓った。そしてそれとともにじわじわと涙が浮かんで、それはぽろぽろとこぼれ落ちてくる。 「えっ! 瑞樹? どうした? どっか痛い?」 「たい焼き甘い」 「あ、うん」 「詠斗の馬鹿。……なんで簡単に知らない女についていこうとしてるんだよ。僕のことが好きなんじゃないの」 「うん、好きだよ。俺は瑞樹のこと好きだけど、瑞樹は俺のこと好きなの?」  付き合っているのだからこれは当たり前のことかもしれない。それでもまだ一度もその言葉を言われていない気がする。好きだよって言えば、うんって返事をするだけで、来年も一緒にいてくれるの? って聞けばいいよと答えるだけ。  好きで傍にいるのか、なんでも言うことを聞くから傍にいるのか。その答え合わせはまだできていなかった。
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