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生放送の音楽番組の楽屋で、晃亮がタブレットでライブハウス〝ミリオン〟のサイトを観てる。
ライブハウスのサイトなんて、スペックと料金とスケジュールが書いてあるぐらいなものなのに、〝ミリオン〟のサイトは視覚効果も凝っていて、出演しているバンドの紹介ページがやたら充実してる。
いったい穣二さんは何を極めようとしているんだか。
メンバープロフィールと過去のライブ映像が見られるようになっていて、タキオンの一番古い動画は小学生5人組だったころのものだ。
歌っていないながらも、ダンススキルの高さは幼い頃からの積んだ相当の練習量を十分物語っている。
ラブホリの動画は奏ちゃんが言うとおり、ジャンルも衣装もメンバーもバラバラで、一番古い動画は男ふたり女ふたりの4人だった。
「あれ…?」
晃亮が画面に食いつき戻したり一時停止したりしだした。
「なに?なんか気になる?」
「これ…ハルミチさんだ。」
「はるみち…?」
「そう、甲田晴道。レコーディングミュージシャンだよ。たまに一緒になる。めっちゃ上手いんだけどさ、家族思いの度が過ぎちゃって、サラリーマンみたいに安定して生きていたい、でも音楽はやりたい、とかいってライブのサポートとか絶対やらねぇの。レコーディングと専門学校の講師だけ。変わったやつ。」
「へぇ…」
「自分でバンドやればいいじゃんって話したことあったんだけど、前にデビュー寸前だったバンド解散に追い込んだことがあって、その罪滅ぼしで二度とバンドは組まないって言ってたんだよなぁ。ラブホリのことだったのかな…」
当時キーボードだったアイネはあどけない顔をしていて、さっきステージ上で見せた印象と違って初期はよく笑っている。
「さっきから何見てらっしゃるんですか?」
俺と晃亮にコーヒーを持ってきてくれたのはヴァイラスの新人マネージャー、木田夏実だ。
最近マネージャになった一生懸命と体力だけが取り柄の女の子。
まだ単独で動かしてはもらえてない。
「んー?今日ここ来る前に先輩のライブハウス行ってきたんだけど、そこに出てる子達だよ。」
晃亮は話し方がふわりと優しいから、晃亮に話しかけられるといつも木田さんはちょっぴり赤くなる。
俺は、取っ付きにくいとか実際何考えてるかわかんないとか思われてるのか、あんまり心を開いてもらっていない。
画面を食い入るようにのぞきこむ木田さんは、息をすることすら忘れてしまったみたいだ。
「す…っ…ごい…。」
「だよねぇ。こうやって埋もれてる才能って日本中にいくらでもあるんだろうねぇ…。」
晃亮が木田さんがいれてくれたコーヒーをすする。
「今度凌宇のこと連れてくとき見てみたら?」
「え?水原さんを連れてく…?」
ディスプレイに接着されていた両目が剥がれる。
「そ。このライブハウス、地下が練習スタジオになってるんだ。制作に詰まったら気分転換に場所変えるのは基本。凌宇、場所的に〝ミリオン〟けっこう気に入ったでしょ?」
知ってますよーとばかりに俺に満面のずるくかわいい笑顔を向ける晃亮。
お察しのとおり。
コーヒーおいしいし、中二階のごちゃごちゃした空間も居心地がいいし、オーナーの譲二さんとももっと話がしてみたい。
帰り際穣二さんに
「レンタル料はとるけどいつでも来いよ」
と言われた俺は、既にぱつぱつに煮詰まってたから、すぐにでもお邪魔しようと思っていた。
そして俺は〝ミリオン〟の常連客になった。
とは言っても、人混みのライブは観ずに、その喧騒だけ感じながらもっぱら地下のスタジオで製作活動だけど。
ライブがないときは穣二さんと音楽の話をしたり女の子の話をしたり、料理も教えてもらったり…たぶん、穣二さんは俺がギリギリまで追い込まれて滅入っていたのを見抜いてさりげなく手を差しのべてくれたんだろう。
こうして〝ミリオン〟に通いはじめて、毎度送ってくれる木田夏実がすっかりラブホリファンに成長した頃、穣二さんは俺が名前の売れた有名人だから滅多なことはしないだろうといって、好きに使ってと鍵まで預けてくれた。
最近の俺は作らなきゃならないもの、書かなきゃならないもの、覚えなきゃいけないもの、やらなきゃいけないことに追われて切羽詰まっている。
ごちゃごちゃと居心地のいい〝ミリオン〟で仕事に取りかかると、家に籠ってやるよりは進むのが早いような気がするけど、やっぱりさっきからサビ前が決まらない。
イントロAメロサビまで決まったのに、そこへの橋がうまくかからないもどかしい感じ。
一度ハマっちゃうとこれドツボなんだよな…。
参った…。
ライブハウスに立って、ただ好きな曲をつくり、挑戦したい曲をみんなで喧嘩みたいになりながら作っていた頃って、どうやって音楽作ってたんだっけ…。
最近作る曲はドラマだったりCMだったり、タイアップありきだから、もうすっかり忘れちゃってる。
だんだん気持ちも滅入ってきた。
今日はここまでにしとこ。
どうせ明日また来るから、書きかけのスコアはそのままで、俺は〝ミリオン〟をあとにした。
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