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バーカウンターに走り寄ると、ちょうど俺のためにとチョコバナナクレープが焼き上がるところだった。
「チョコバナナ…?」
「おぅ。凌宇ちゃん最近イライラしてっし、お子ちゃまだし、ちょうどいいだろ?」
「……なんすかそれ。」
穣二さんと奏ちゃんに小バカにされながら食べる夜の敵、カロリーモンスターチョコバナナクレープは悔しいけれど激ウマで、ますます穣二さんの目指す先はわからない。
いまの俺とおんなじだ。
このあと奏ちゃんとバイクで帰る穣二さんに、ノンアルをおすすめしつつ自分も缶を開けた。
「ういーっす。おつかれぇ」
「ねぇ、これ。このスコアの続きって穣二さんですよね?」
昨日と今日、ひっそりと俺に新しい引き出しをくれたトレーシングペーパーを差し出す。
「へ?」
………いや、へ?じゃないよ。
「俺、地下に未完成スコア置いてったんですけど、それを完成させるような追加スコア、いくつか置いてあったじゃないですか。俺が煮詰まってるの見かねて書いてくれたんでしょ。一個も採用しませんでしたけど。ふははは…」
「…俺知らないよ?」
「ふはは…?え?…またまたぁ…」
穣二さんはいたって真面目な表情だ。
「ウソでしょ?」
穣二さんをまっすぐ見つめると、穣二さんもまっすぐ俺を見つめてゆっくりふるふると首を振った。
「いいや。昨日の今日だろ?そんな早く曲なんか思いつかねぇ…」
ノンアルをくいっと喉に流し込む所作すらカッコいい。
「え?もっと勉強しろとか偉そうなことまで書いて…」
「だからホントに知らないけど。」
「…まじ……すか?」
…急に怖い。
やだ。こういうの俺弱いんですけど。
夏の暑いときでも、こういうの嫌なんですけど。
穣二さんはふざけて長髪を前寄りに流して両手をぶらーり、お化けみたいなポーズを決める。
やだやだ。
このあと無人のライブハウスで作業しようと思ってたのにできないんですけど。
お化けより小人さん系に例えてほしかったんですけど。
やめてそういうの。
「…アイネちゃんじゃないの?」
奏ちゃんが宿題の手を止めて俺と穣二さんを交互に見る。
「へ?」
「あ、それだ。あいつだな。それ、アイネだよ。」
「ラブホリの…ギターの、でしたっけ?」
「そ、あいつもここ《〝ミリオン〟》の鍵もってんの。我が物顔で勝手に使ってる。」
あの笑わないギタリストの、すぐメンバーの首切るパワハラの、アイネ。
「いまはもっと勉強しろって、アイネちゃんの口癖。」
「奏ちゃんに言うの?」
「んー。まぁ、私にもいうけどラブホリメンバーに厳しい。」
ちゅるるるー…ん
奏ちゃんが特製ジンジャーエールを飲みながら言う。
「ラブホリってアイネちゃんが一番年上で…。お母さんみたいにうるさいんだよ。勉強しろ勉強しろって。成績下がったってのが理由で辞めさせられた子もいるし。まぁ、かぐやちゃんは通ってるのがアニメの専門学校の声優コースだから勉強もなにもって感じだけどさ。」
「そういえばドラムのサツキちゃん…だっけ?追試ってばらされた時怒ってたもんね。」
俺が食べ終わったクレープのお皿を譲二さんが下げて洗い始めた。
食べて即効お皿下げるとかお母さんかよ。
もうちょっと遠慮して。
俺、お客さんです。
…だと思われてないんだろね。
それも居心地のよさかもしれないけど。
「サツキが辞めさせられることはないよ。」
穣二さんが洗い終えたお皿を棚に戻しながら笑う。
「なんで?アイネはアイスだよ。平気で切っちゃうよ。何人も切られてる。リサちゃんなんて、ライヴ中に切られてんだよ?」
奏ちゃんが不思議そうに尋ねる。
それより俺はライヴ中にメンバーの首を切るその話が普通に話されてることが不思議だ。
「凌宇ちゃん、どう思う?この間リハーサル聴いてみて、サツキのドラム聴いてどう?」
ステージのドラムを眺めて思い出す。
ショートカットの元気印の太ももが貫くバスドラを。
絶対走らない、ミスしない、それでも生まれる血液の流れに似たビート。
かわいい顔して阿修羅かよ。
「あれは…俺だったら手離しませんね。」
「だろ?」
「ふーん。そんなもんなんだぁ…まぁ、とにかくそのメモはアイネちゃんが凌宇さんのスコアをラブホリメンバーの誰かのスコアと間違えて残したものである可能性が非常に高い。真実はいつもひとつ!」
「たいした推理じゃねーだろ」
えへへっ。
ペロリと舌を出す奏ちゃんは宿題を終えて、ぱたぱたとスクールバッグに教材をしまった。
「あ、あとこれ、なちゅみんに渡しといて。」
奏ちゃんから透明なケースに今日の日付だけ書かれたディスクを1枚受けとる。
「な…ちゅみん?」
「マネージャーさんなんだから、会うでしょ?」
「あ、木田さん…」
ラブホリ繋がりってだけで、中学生になちゅみん呼びされるほど仲良くなるものなのか。
「そぉそぉ。今日のラブホリのライヴ、ビデオ撮ってって言われて、最後列で脚立に40分立ちっぱなしで頑張ったよ。あと、こっちは凌宇さんに。ラブホリと、タキオンのCD。サインもらっといた。ラジオでかけてあげてよ」
「ありがと。そういえばまともに聴いたことなかったもんなぁ…ラジオのほうはさ、かけられるか相談しとくね。」
「そっか…凌宇ちゃんたち音合わせをちらっとみただけだもんな。ライヴ見せてやるよ。」
ステージの奥をスクリーンにしてさっきのライヴ映像を流し始める。
演奏技術も、ステージ構成も、素人の域を超えている。
この子達は魅せ方と見られ方を知り尽くしている。
俺を見ても顔色ひとつ変えなかったアイネ。
ステージでも少しも笑わない。
挑発するような流し目でフロアに時折視線を投げるだけで悲鳴に似た歓声があがる。
演奏するメンバーと目があったときと、奏ちゃんのカメラに気づいたときだけ、そっと微笑む。
もし、本当にあの子の仕業だとしたら、中途半端なスコアを残したら、また続きを書いてくれるだろうか。
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