中二階から始まるトップシークレット

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今度会うとき晴れるといいね。 そう言った藍音の真意はわからない。 明日の天気を確認したら降水確率は60%、明後日は90%…………。 明々後日からは別のアーティストへの楽曲提供の仕事にとりかかるから忙しくて先が読めない。 なかなか微妙だ。 明日は仕事はしないで〝ミリオン〟にも行かず、どこか出かけてリセットするつもりなのに、ぐらついてる俺がいる。 次に会えるのをあまり先延ばしにしたくない俺がいる。 そして、理由はわからないけど、晴れればいいのに…と、思った。 仕事で煮詰まったから、リセットするために一人で一日で行けるオススメない?って晃亮に聞いたら、 ちょっといい自転車買ってサイクリングって言われた。 しっくり来ない。 雨降るかもしれないし。 おそらくほとんど乗りもしないであろう自転車を買うのもなんかもったいない。 穣二さんに聞いたら、おいしいピザ…じゃないピッツァをもとめてイタリアンめぐるか、デパ地下でライヴハウス向きのスイーツ発掘するのにつきあうか聞かれた。 穣二さんが楽しそうに話してるのはいいけど、自分がその世界へというと、なかなか入りこめないものだ。 結局降りだしかねない空模様と、溜まりきった仕事と、昨日の藍音の様子が気になって〝ミリオン〟に来てしまった。 夕方に差し掛かったばかりで時間も早いから、藍音も仕事からまだ帰ってきていないはず。 穣二さんはイタリアンレストランかデパ地下でネタ探し中でここにはいない。 スタジオにこもってみたのはいいけど、しばらくして結局煮詰まって、バーカウンターまでコーヒーを淹れにきた。 俺、スランプなのかな… 曲が全然降ってこない。 参ったな。 仕事やめて出かけてリセットしといたほうがよかったのかも。 穣二さんに教えてもらったように、ケトルから円を描くようにお湯をこぽこぽ注いで、ゆっくりコーヒーの香りを脳の隅々まで漂わせる。 せめて穣二さんと話ができればなぁ。 すぐ上の中二階フロアで、人の声が聞こえてきた。 まだ夕方早い時間なのに、藍音いたんだ…。 藍音もコーヒー飲むかな…? 声をかけに行こうとしたけど、藍音は誰か……男としゃべってる。 ヤバそうな彼氏…? 別れようってメール来てビックリして会いに来たか? 「はいこれ。今回の分。」 『毎度どーも…』 「しかし、噂には聞いてたけど、恐るべし芹沢藍音だな。男が喜ぶツボ押さえすぎだろ。」 『今回は特に自分の嗜好は捨ててとにかく男が好きな感じにしたからね。てゆーかそう思うならもうちょっと積んでくれないもんかね。』 「おい。欲張るなよ。これ以上払わされるならお前にはもう頼まねぇよ。これだけあれば今月分も払えるんだろ?」 耳を疑う。 藍音、何やってんだよ… でも俺には、乗り込んでやめさせる勇気もなければ、聞かなかったことにしてスタジオに戻る図太さもない。 『そんなこと言ってどうせ私のところに来るくせに…。まぁ、これだけあれば余裕だけど。慰謝料積んで欲しいよホントは。』 「…心なんかすこしも傷んでねーだろ」 『確かにね。へこんだの最初だけで今はなんともないわ。世間的に見て慰謝料の価値は十分あるけどねー。』 「バカ言え。実際のところ世間的に見て金のためにこんなことやるヤツそうそういねぇんだよ。」 お金のためって…? なんでだよ、なんでそんなことするんだよ。 成城に家買うほどの男とつきあってるくせに。 いまは微妙らしいけど。 ステージに立っていた藍音と、昨日笑って話していた藍音は別人で、今、中二階で話してる藍音は、またそのどちらとも違う別人だ。 「次も藍音にするのは決めてるから」 『そりゃどーも。』 「次、くっそエロいやつ頼むね。」 『なにそれ。くそエロなんかやっちゃって大丈夫?』 「こっちの予定に口出さなくていいんだよ。また連絡するから。」 『ふぁ~い。』 「…藍音?」 『なに?』 「気持ち変わんない?俺ほんとに藍音の才能は買ってる。デビューする気になったらいつでも言えよ。なんでもする。」 『変わらないよ。少なくとも2年はデビューしない』 「その2年に何があるんだよ…」 『あんたこそ、こっちの予定に口出さなくていいんだよ』 「…フッ…あいかわらず噛みつくねぇ…かわいくねぇぞアイス。じゃ、またな」 裏口から人が出ていく音がする。 立ち聞きなんてサイテーだ。 でも足が動かなかった。 俺は多分、いや絶対、とんでもない現場に出くわしている。 藍音はなんでこんなことしてるんだ。 お金…なのか…? 貸すなんてことは、なんの助けにもならないけど。 俺が藍音にしてあげられることはないのか。 こんなことしなくてもいいように、何か… すっかり冷めたコーヒーカップを両手で包み込み、壁にもたれて結論のないこの闇への手立てについて考えを巡らせる… ……………ダンっ! 衝撃音とともに、藍音の顔がすぐ目の前にあった。
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