中二階から始まるトップシークレット

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つかんだ手を引き寄せて 唇を軽く触れあわせて 拒絶しないのを確かめてから もっと深く触れあおうとしたら ゆるめた俺の手のひらから藍音の指が逃げて 唇をきゅっと結んで斜め下を睨み付けるみたいにしたあと、ゆっくり押し退けられた。 初めて、拒絶、…された。 『…彼が会いたいって…』 「…ぇ?」 『連絡来たの。電話は使えないし、バンドやってることも、〝ミリオン〟に出てることも知らないから、職場に。私は外出中で出られなかったけど。』 薄情でワケアリで、取り巻きがやたらしゃしゃり出てくるヤバいやつ。 藍音から別れたいって言ったんだろ。 それに対してずっと無反応だったらそれがそいつの答えだよ。 もう終わってるはずだろ。 なんで今さら会いたいとか言ってくんの? なんで今そんな話するの…? 『凌宇は私の全部を知りたいんでしょ?私の全部なんてこんなもんだよ』 「彼でいっぱいってこと…?」 『彼に振り回されてるってこと…。私はほんとにもう無理って思ってる。でも会ったらまた引きずり込まれるのもわかってる…』 顔の配置は笑ってるのに、目の奥は悲しくて夜の色みたいに光が消え失せてる。 自嘲的。 絶望的。 「…会わないほうがいいよ」 『…え?』 「そんなやつ、いまさら彼でもなんでもないだろ…」 『そんなこと凌宇に言われる筋合いなぃ…』 「会うなって!」 とっさに細い手首をつかんだけど、怖くて目を見ることはできなかった。 「急に別れようってメールだけ来て、理由も確かめずに、会いにも来ないで、勝手に電話も変えて、音信不通で放置するなんて普通じゃないよ。」 『それは…忙しいから…』 「俺だって忙しいけど、本気で会いたかったらこうやってなんとでもするだろっ…」 今夜は来れないって言ったくせに、会いたくなって夜中3時過ぎに押し掛けてきた俺が普通だとも言わないけど…。 「今さら会ったって、また周りがしゃしゃり出てきて、でもそいつには放置されて、藍音ばっかり辛いんじゃ釣り合わないよ。」 藍音は無音の小さなため息をひとつ、まばたきをゆっくりふたつ。 俺に何を言ってもわかり合えない…とでも思ったんだろうか。 『もともとつりあわないんだよ。そーゆー人を好きになった私の罪なんだって…』 そのまままっすぐ俺を見つめた。 なんだよそれ。 つりあうとか、つりあわないとか、罪とか、なんだよ。 俺ならそんなこと言わせない。 藍音の全部を、そのまま受け止めるよ。 何かに追い詰められて、壊れて砕けてバラバラになりそうで、危ないから放ってなんておけないんだよ。 『ねぇ…凌宇…。サイラムと仲いいの?オープニングで喋ってたから。』 また…全然関係ない話ではぐらかされた。 「イアンとは仲いいけど、あとのメンバーはあんまり喋ったことないよ… 」 『そっか…。アイドルと喋るとか意外だなぁ…って思っただけ…。』 怯えてるみたいに視線が揺れて床にこぼれたあと、つかんだ手首をそっとほどかれた。 「藍音のお兄さん、サイラムと同じ時期に一緒の事務所にいたことあるんだってね…イアンが藍音のお兄さんに久しぶりに会いたいって言ってたよ。」 『…っ!』 血の気が引いた顔で藍音に鋭い視線を向けられた。 「…ん?」 『私のこと、話したの?』 「うん…。イアンと最近どう?みたいな話の流れで〝ミリオン〟のことと、ラブホリの話した」 『……。』 「なんだよ。なんか悪い?」 あきらかに、動揺してる。 もしかして、サイラムにも曲売ったのか? あんな大きなグループにまで? いつから、どれだけ手を染めてるんだよ。 「ねぇ、藍音…」 『なに?』 「藍音の全部を、俺に教えて。壊れちゃいそうで、ほっとけない…」 『うるさい、ほっとけ…』 すうっとまっすぐ伝う涙を掬うために頬にキスをして、拒絶されても構わないからぎゅっと抱き寄せた。 「やだ。ほっとかない…俺は藍音の元カレとは違うよ。」 『…同じだよ』 「同じじゃない…!」 『凌宇だっておんなじ…んんっ…』 拒絶の色を纏い始めたことに気づかないフリをしてふさいだ唇からは、今日はサイダーじゃなくて、涙の味がした。 初めて拒絶の色を見せた藍音に強引にキスしたからなのか、守りたがって踏み込ませたくなかった領域まで入り込んだせいなのか。 この日以来〝ミリオン〟に行っても、もう螺旋階段の上の中二階に、藍音がいることはなくなった。
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