近くて遠い花火、遠くて近い二人 /海棠楓

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日本でも有数の暑い街となった大阪。年々最高気温を更新し、この夏も現在進行形で真夏日の連続記録を塗り替えている。 新大阪駅。ひかり四六七号がホームに滑り込んでくる。扉が開けばどっと人が吐き出される。時期は夏休み、ビジネスマンに混じって帰省か旅行の家族連れも目立つ。そんな中、どちらでもない男が一人、ホームに降り立った。 早起きがどうしても苦手なのと、なるべく早く来いと言われたのとで、間をとった結果、一日で一番暑さが厳しい時間帯に着くことになってしまった。 この暑い時に、何の用だ。こっちは繁忙期だっていうのに。 佐倉文明さくらあやめは不服をその顔に露わにして、眉間に皺を寄せながら改札へ向かった。暑がっている割には汗ばむ様子は見られず、何故か白の長袖シャツのボタンをきちんと一番上までかけている。申し訳程度に二度ほど袖を折っているが、見ているだけで暑そうだ。荷物はすっかり温くなった水の入った、飲みかけのペットボトル一本。額にかかって少し鬱陶しそうな黒髪は湿り気を含み、眼鏡越しからもわかる神経質そうな目、寄ったままの眉間の皺、暑すぎて思わず口呼吸になり、ため息か呼吸かわからない大きな息を吐き出される開いたままの口と、全身全霊をかけて暑さと戦っている様子が見てとれた。 いよいよ改札を抜けようという時。 「アヤー!!」 浮かれた大声が響き渡る。人混みのざわめきの中でも、その声は周囲を注目させるに充分なボリューム。行き交う人々の数人が、声の主とアヤに注目する。アヤは自分に向けた声だとは分かっているが、あえて声の主の脇を通り過ぎた。 「ちょ、アヤ、アヤって!」 焦りながら追いかけてくる相手に、ようやく振り返り、そして眼鏡の奥から切れ味鋭そうな目付きで睨めつける。 「あ……っと、何かご機嫌が……」 「機嫌? 最悪」 それだけ言うとまた踵を返して歩き出す。 「うーん、ごめんなぁ?」 「だから、そのとりあえず謝るの、やめろ」 「待ってよアヤぁ」 なんとも情けない声で、不機嫌男をアヤと呼びながら追うのは、椚田涼司くぬぎだりょうじ。ネイビーのサマーニットに麻のベージュのアンクルパンツという涼やかで洒落た装いも、みっともなくアヤの後を追うその姿では台無しだ。黙っていれば、動いていなければ、多くの女性がチラ見、あるいはガン見するであろうその容姿は、三十歳にしては若々しく、同い年であるイケメン俳優登竜門の特撮ヒーロー物からデビューしたなんとかという俳優に似ていると言われることもしばしば。だが今は別の意味で注目を集めていた。 「リョウ」 ようやくアヤが立ち止まり、振り向いた。 「はい……」 叱られるのを覚悟した子どものように、小さくなって顔色を伺うリョウ。その情けない様子に、アヤの怒りも霧消した。 アヤだって、本当は喜びたい。久方ぶりの恋人との再会を、嬉しく思っていない訳では無いのだから。 「今日は、どこ連れてってくれるの」 大きく見開いたリョウの瞳が、驚き、そして喜びへと変わる。 「うん、ちゃんと考えてるから! 行こ!」
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