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皆は五年前のあの日を思い出す。
大切な人たちに囲まれた綾は、輝きながら消えゆく運命にあったはずだ。
けれども嗚咽溢れる病室で皆が目にしたのは、予想だにしなかった不思議な現象だった。
綾の生命活動は確かに一度、停止した。悲運の生涯は深淵の哀しみのなか、医師の宣告で幕を引くはずだった。
しかし、放たれていた薄黄色の光は揺らめきながらさまざまな色に移り変わっていった。まるで虹の色彩を渡り歩くような変化だった。
「先生……これはいったい……」
幸恵が涙声で尋ねるが医師は困惑している。
「……いや、こんな徴候は報告がない」
皆が見守る中、光は次第に収束してゆく。肌の色は健康的な薄桃色に帰着した。
そして、鳴るはずのない音が、再び皆の耳に届いたのだ。
ピッ……ピッ……ピッ……
同時に綾を抱きしめる俊介は、微かにだけれども、確かに命の鼓動を感じていた。
とくん……とくん……とくん……
すると綾は突然、思い出したかのように大きく息を吸い込む。
それをきっかけに胸が穏やかに波打ち始める。生命の営みである呼吸が、次第に確かなものとなってゆく。
皆は目を疑ったが、医師と看護師のやり取りはそのまさかを肯定していた。
「先生、脈が触知できます!」
「信じられない……確かに酸素状態も正常に近づいている!」
皆の視線が綾に注がれ、刻が流れてゆく。
しばらくして、綾は唇をかすかに動かしたかと思うと、ふわぁ、と大きなあくびをした。両手を動かし、頭上に掲げて伸びをする。まぶたがピクピクと動き始める。
「綾……?」
俊介が尋ねるように呼びかけると、二度と開くことのないはずだったまぶたの間から、ビー玉のような澄んだ目が外界を覗いた。
生きた眼差しが光を吸い込む。
目が左右に動き、辺りを視認する。皆の表情を見てから、不思議そうな顔になった。
一番近くにあったのは俊介の顔だった。綾は涙で崩れきったその顔にそっと手を差し伸べ、紅潮した頬に優しく触れた。
「おはよ、俊介……」
そういって浮かべた綾の表情は、ひとかけらの霞みもない、天使の笑顔そのものだった。
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