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母が大切にしていたマフラーがある。子供の頃、病院のベッドで私に巻いてくれた。赤色に白い花の模様が入っている。とても温かくて、でも少しゴワッとしてたが、私は嬉しかった。母が一緒にいてくれると思えたから。生まれてからずっと体が弱く、病院や家から出ることの出来ない生活が続いていた私は、話せる相手がいなかった。だから、母が構ってくれる時間が何より大切だった。16歳になると私の体調は考えかられないほど良くなった。主治医も驚いていたが、高校へ通うことを許可してくれた。今まで出来なかった分、一生懸命勉強した。できるだけいい大学に合格して、両親を安心させたいと思った。しかし、長年の看病が祟ったのか今度は母が倒れてしまった。検査のために入院することになった母。私は着替えなどを準備しながら涙が止まらなかった。元気になって、やっと家族3人で出掛けることができると思ったのに。もし、母に何かあれば私のせいだ。そう思うと申し訳なさと悲しさで視界が滲んでいく。そんな私を励ましてくれたのは父だった。いつも寡黙で家族で食事をしていても滅多に話さない父が一言ポツリと呟いたのだ。
「お前は悪くない。」
その言葉に私は父に抱きついて声を上げて泣いた。色んな感情でぐちゃぐちゃになる。父は静かに背中を撫でてくれた。1時間ぐらいして私はやっと落ち着いた。鞄に荷物を詰め終わると、父と一緒に病院へ向かった。車内はとても静かだ。30分かかり到着した病室で母は窓の外を眺めていた。
「もうほとんど枯れちゃったわね。」
視線の先にはすっかり葉の落ちた桜の木があった。寒そうに鳥が2羽身を寄せている。私を見つめる母の顔が穏やかで、それが私の心を締め付ける。どうして、すべてを受け入れたような目をしているの・・・?
「冷えるだろうからカーディガン持ってきたよ。」
「・・・ありがとう。ひなた、勉強はどう?無理してない?」
「うん。大丈夫だよ。」
無理しているのはお母さんの方でしょ、とは言えなかった。私は飲み物を買いに行くといって病室を出た。検査入院とはいえ、母がずっと私のために無理をしていたことは知っている。どうしても自分を責めてしまう。飲み物を選ぶ気にもなれず、私は待合室で腰を掛けた。
「あら、ひなたちゃん?」
聞き覚えのある声に顔を上げた。入院していた時に担当だった看護師の花江さんが心配そうにこちらを見つめていた。
「花江さん、お久しぶりです。」
「どうしたのひなたちゃん、そんなに暗い顔して・・・。大丈夫?先生呼んでこようか?」
「・・・いえ、大丈夫です。私じゃなくて、母が・・・・。」
そこまで言うと花江さんは理解したようだ。私の隣に座って、背中を撫でながら、
「森野さんって、ひなたちゃんのお母さまのことだったのね。大丈夫よ、お母さんちょっと頑張りすぎちゃっただけだと思うわ。」
そう言ってくれた。
「うん。」
「一緒に病室まで戻ろうか。」
2人で戻ると、花江さんが父を先生の所へ連れて行った。どんな顔をすればいいかわからず、立ったままでいる私を母が隣に座るように促した。
「ひなた、お話があるの。大事な話よ。」
「・・・なに?」
「お母さんの秘密。」
「秘密?」
「そう。あなたにも関係のあることなの。」
母の表情は少し曇っていた。辛い話なのだろうか。
「マフラー、覚えてる?」
「うん、赤いマフラー・・・お母さんが私に巻いてくれたのすごく温かかった。」
「あれはね、お母さんがあなたのおばあさんにもらった物なの。」
「お母さんが、おばあさんから?」
「私も、とても体の弱い子供だった。当時はまだ医学がそんなに進んでなくてね。桜を見るたびに、あと何回この景色を見れるんだろうって、そんなことを考えてた・・・。」
桜の枝が風に揺れる。
「そんな時、母さんが・・・あなたのおばあさんがね、あのマフラーを巻いてくれたの。」
「春なのに?」
「ええ、おかしいでしょう?もうみんな涼しそうな服を着ているのに、どうしてマフラーなんてって思ったわ。私が退院するまで、おばあさんは春になるとマフラーを持ってきてくれた。おばあさんはあなたが生まれる前に死んでしまったけれど、あのマフラーを残してくれた・・・。死ぬ前に、お母さんに話してくれたの。」
お母さんは意を決したように私の手を握った。こんなに真面目な顔の母を見たのは後にも先にもない。
「ひなた、あのマフラーわね・・・。」
その日の夜、母は突然亡くなった。マフラーのことを話したから・・・お葬式の間、そんなことを考えていた。それから私は父と2人で生きて過ごしてきた。もう20年も経つ。36歳になって娘が1人生まれた。夫はサラリーマンをしている。私もパートをしながら、なんとか娘の入院費を払っていた。もうすぐ、冬になる。娘が元気になるように、私はマフラーを巻いてあげる。夫ならば、きっと私がいなくなっても娘を大切に育ててくれるだろう。だから・・・元気になってね、真由。
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