それぞれの世界で

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それぞれの世界で

 女医のルマは基本ひとりぼっちで生活していたから、僕がいる生活はとても楽しそうだった。ゲームの中にはスマホはない。SNSでつながることもない。動物とのつながりが多く、人間の人口は少ない。静かな世界だった。このゲームの世界観が古代的な設定だったからかもしれない。車の騒音もなく森ばかりが広がる。  それはそれで、僕にとっていいと思った。コミュニティー障害気味の人間には、こちらの世界がとても合っていたのだ。  最近、スマホが熱くなり光るときが多いと聞いた。たしかに、こちらにあるテレビもなんだか熱いときがあり、変な光が放たれることがあるように思う。  そんなに使ってはいないはずなのだが――リアルとバーチャルの出入り口となっている場所だからなのか? 何かわからないが、時空の負荷がかかっているように感じた。  それは突然だった―――  盗賊らしき男が数人入ってきた。元々、セキュリティーなんてあってないようなこの家だから仕方のないことだ。プレイヤーがいない状態でも、原作通りに進むということか。僕は使い慣れない剣を抜き、刃を向けた。  剣の扱いの初心者には強靭な敵は勇者といえども簡単に勝てる相手ではなかった。うまく刃が当たらない。相手の速度が速く、追いつくことで精一杯だ。複数人かわしながらの攻撃は、剣の初心者には辛いものがあった。  こんなときに、本物の勇者がいたら―――  ルマ先生は助かるのに……。  勇者ミカゲ……頼む! 彼女を助けてほしい―――!!!  僕は心から祈った。大好きな彼女を助けたい。自分がこんなに近くにいるにも関わらず、守れずに彼女が死んでしまったら絶対にダメだ。絶対に!!!  何とかなれ!!! 彼女を救ってくれ!!!  僕は剣を無我夢中で振りかざす。生まれてはじめての必死だった。  リセットすればいいとか目の前のことをスルーする気持ちは微塵もなかった。  そのとき、雷のような閃光が光った。  それはきっと、僕をリアル世界へ呼ぶ光なのだと確信した。  僕は覚悟した。この楽しかった世界にお別れしなければいけないことを。  まぶしくて僕も敵も目をつぶっていたその瞬間――  剣が相手を引き裂いた。 「大丈夫か?」 「何? この光?」  ルマはまだ、そのまぶしさのせいで目を開けられなかった。  さらに勇者の剣は、盗賊一味を全滅に導いた。それは一瞬の出来事だったと思う。 「貴様、命拾いしたな」 「勇者ミカゲ、元に戻ったの?」 「どうやらそのようだな」 「さっきまでいた、翔は?」 「多分、元のいた世界に戻ったのだと思う」 「再度入れ替わったわけ?」  ルマはあっけにとられた顔をした。  そこにあったテレビ画面でリアル世界とつながるかと思ったが、もうテレビ電話としては使えなくなっていた。 「貴様、俺様の体に何かしなかったか?」 「するわけないでしょ。それよりあんた、リアルの世界で彼女ができたって?」  ニヤニヤしてからかうルマ。 「貴様こそ、中身がゲーマーの俺と勝手に付き合っていたらしいな」 「案外、私たち、相性合うかもよ。あんたが、人間の女と付き合ったって聞いたとき、何だか……モヤモヤしたんだよね」 「嫉妬というやつか?」 「まさか……そんなわけないでしょ。ちょっと胸にトゲが刺さったような感じ」 「俺様の魅力に気づいたようだな。ルマ、手を出せ」  ミカゲは、ルマの手を握った。  勇者はリアル側の世界で原作漫画とファンが作ったミカルマのカップリングの同人誌というものを読んでしまい……ルマと目を合わせることができなくなっていた。同人誌を読んだ時、それは、はじめて異性としてルマを意識をした瞬間だったのかもしれない。そして、ルマも無意識にミカゲに対して異性としての魅力を感じていたのかもしれない。  いつの間にかこちらの世界へ戻ったあとは、友達が自然にできていた。やはり勇者の力は偉大だと感じていた。  見た目が同じなのに、以前とは全く違うクラスメイトの反応と僕に対する位置づけが妙におかしくもあった。そして、勇者から学んだことがある。これでも、一時期勇者だった男だからな。勇者からたくさんのことを学び、たくさんの変化があった。  その後、何度か色々試してみたが……二度とゲーム世界と僕がつながることはなかった。  後日、アナザーストーリーが原作漫画本で発売されたのだが―――  内容は、プレイヤーと勇者が入れ替わるストーリーとなっていた。  あれ以来、あちらの世界と直接話していないので、僕は本人に確認はしていないのだが―――ミカルマのカップリングが公式ストーリーの中で成立したのだ。  あの世界は、原作ありきの世界のはずなのだから、ルマ女医と勇者が結ばれたということになる。  それは 初恋の人を奪われた悲しさと、嫉妬とうらやましさと……  短期間だが、同じ時間――   世界は違えども共にした戦友への祝福の気持ちも合い混じる複雑な気持ちであった。何かが胸の奥に突き刺さる、初めての痛みを感じながら。 勇者にありがとうの言葉をちゃんと言えなかった後悔の気持ちを抱えながら僕はたたずんでいた。 ゲームキャラって所詮プレイヤーに操られていてかわいそう? リセットなんて簡単?  何度も1からゲームが始まったり、何度もやられたりするゲームキャラクターは理不尽なもの?  そんなこといちいち気にしていられないさ。何度ループしようとそれがさだめだしな。リセットできることは割と便利なものだ。こちらの世界の人間はリセットできないから大変だろう?   そんなことはないさ。彼らは与えられた場所で仕事をしているのだ。プレイヤーを楽しませ、夢を与えているなんてすばらしい仕事だと思わないか?  僕は、つまらない日常を過ごしている。だから、心のどこかで非日常的な刺激を求めているのかもしれない。 僕たちは操り人形でも、操られているゲームキャラクターでもないのだから。設定やシナリオは自分で作り、道を切り開くしかないんだ。
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