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今日は、あの人の結婚式。
ずっとずっと好きだった、あの人が私じゃない別の人と一緒になって、幸せになる日……。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「幸せにね~!」
フラワーロードを歩く幸せそうな二人。辺りには祝福する声が響き渡る。
私は、かごの中の花を、空へと投げることができなかった。ただただ、花がしわくちゃになるほど握りしめることしか、できなかった。
どうして、私じゃないんだろう。どうして、彼の隣でウエディングドレスを着て、腕を組んで歩いているのは、私じゃないんだろう。どうして、彼の笑顔は私に向けられていないんだろう。
なにがいけなかったのかな。なにが間違っていたのかな。だって、私たちはずっと一緒だった。それこそ、生まれたときから一緒だった。学校もずっと一緒で、仕事先だって、あなたは私の家の仕事に就いてくれたじゃない。なのに、どうして? いつからあなたの心は、そんな赤の他人である女に向いたの?
あなたは言ってたね。ご両親より先に私に結婚報告に来たって。幸せなんだって。世界が色づいたようだって、言ってたね。それを聞かされたときの私の気持ち、理解できる?
私は不幸になった。私の美しく輝いていた世界は、一瞬で真っ暗になった。すべてに絶望した。だって、私はあなたのもので、あなたは私のものだったはずなのに、突然現れた女にすべてを奪われたんだもの。私は暗く冷たい谷底に突き落とされたも同然。
「あ! 来てくれてたんだね!」
「……招待してくれたじゃない。来るに決まってるわ。あなたの結婚式だもの。そのタキシード、似合ってる」
私に気づいた彼が、妻となった彼女を連れて、私のもとにやってきた。
「ありがとう。きみにそう言ってもらえると、うれしいな。彼女が選んでくれたんだ。だから僕が彼女のドレスを選んだんだよ」
「そう……」
あぁ。本当なら、私が選びたかった。私があなたのタキシードを選んで、あなたに私のウエディングドレスを、選んでほしかった。
彼の言葉に花嫁は、それはそれは綺麗な笑みを浮かべた。
「私の愛する人はこんなにカッコいいのよって、みんなに自慢したかったの」
「僕も、同じだよ。僕のお嫁さんは、こんなに可愛いんだぞってみんなに自慢したくて、きみに一番似合うドレスを選んだんだ」
笑い合う二人。二人が幸せいっぱいな顔をするたび、私の心は陰っていく。
「ねぇ花嫁さ~ん! 写真撮ろうよ~!」
「もう! 名前で呼んでよね! ちょっと行ってくるわ」
「うん。行ってらっしゃい」
彼女は自分の友人たちに呼ばれて、離れていった。そんな彼女の後ろ姿を、彼は愛おしそうに見つめる。
「本当。仲、いいわね。羨ましいわ」
「あのね、言葉にするって大事なことなんだよ」
「え?」
私は彼の顔をまじまじと見つめる。
彼の瞳は、どこか寂しそうだった。
どうして、あなたがそんな表情をするの? 悲しいのは、私の方よ?
「心の中で思ってるだけじゃ、相手には伝わらないんだよ」
「つた、わらない……」
「当たり前のことだけど、僕は彼女に会うまでずっと気が付かなかった」
彼は私の手を取った。
小さい頃は同じ大きさだったけど、今では彼のほうが大きい。
……そういえば、私たちは、いつから手を繋がなくなったっけ。
「僕たちは、近すぎたんだ。だから、互いに言葉が足りなかったんだよ。言わなくても伝わるって思い込んでいたから」
「……」
たしかにそうかも知れない。昔の私たちはよく言葉を交わしていた。一緒にいるんだから、わかりきってることまで話していた。
お母さんたちの機嫌が良かったね。通学路にいる犬が、今日は吠えなかったね。帰ったら宿題やって、ゲームしよ。お菓子はなにがいいかな。夜ご飯、楽しみだね。
そんな些細なことを、小さい頃は話したりしていた。なにが面白いのかわからないけど、笑いあったりしていた。
でも、成長するにつれて、なくなった気がする。言わなくても伝わるから、言わなくてもいい。そうやって、交流がなくなっていってたんだ。そばにいるけど、心は遠くなっていってた。それに私は気づけなかった。
私はバカだ。彼が私を捨てたと思っていたけど、違う。先に彼を突き放したのは私だった。
そうだよ。今思えば、彼はずっとなにかを言おうとしてた。でも、それを遮っていたのは私の方。彼が、他の女に靡くのも、仕方ないことだったんだ。
報いが、返ってきたんだ……。
「だから、もしきみがいい人と出会えたときは、ちゃんと言葉にして伝えてあげて。気持ちを伝えるのって、勇気がいるけど、言われたときは、とても嬉しいものだから」
「……それは、あなたがずっと思っていたこと?」
私の言葉に、彼は口をつぐんだ。黙ったってことは、肯定ってことよね?
「ごめんなさい。意地悪な質問だったわね。
そうね。あなたの言う通り、私は言葉にしてこなかった。しなくても通じるって思い込んでいたから。……あなたが私から離れていったのも、当然ね」
「……ごめんね」
彼の謝罪に、私は首を横に振った。
「あなたはなにも悪くないわ。悪いのは私。あなたの抱えていたこと、気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい」
「謝らないでよ。言葉にして伝えろなんて偉そうなこと言ってるけど、言わなかった僕が悪いんだ」
「でもっ! いえ、これ以上はやめましょう。お互いが謝り続けることになるわ」
「そう、だね」
私たちの間に、沈黙が落ちる。でも、さっきまで私が抱いていた暗い感情は、きれいさっぱりなくなっていた。それはきっと、彼の思いを知ったからかもしれないわね。
なら、私はこの言葉を告げよう。この想いを、あなたに届けよう。
「ねぇ、言葉にしないと伝わらないなら、今の私の想いを聞いてくれる?」
私は彼の顔を見上げて、久しぶりに心の底から笑みを浮かべた。
「ずっとあなたのことが、好きでした。だから、どうか世界で一番の、幸せ者になってください」
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