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「それにしても、樹クンの恋人は、確かにあれじゃあ、誰に誘われても心動かないのとか納得スギだったなあ」
樹と律の帰った後の、ルナロッサである。
本来はもう店を閉める時間なんだけれども、余韻覚めやらぬ常連二人のために、マスターは看板を下ろした後も、少しだけという約束で語り合う場所を提供していた。
「ホントよね~、あれは反則だわぁ」
繭の漏らした言葉に、彩加も深く頷く。
「あんな360度どこから見ても隙のない美形とか、初めて見たし」
「コレは俺の男だ、とか、二次元でもそうそうない台詞があんなにぴったり嵌まる現実の男とか有り得ないよねー」
ほう、と二人してため息を吐く。もうこれは完全に樹と律の信奉者だなあ、とマスターは苦笑した。
「ていうか、あんな恋人がいるなら、もっとお店に来て貰えば、樹クンに言い寄るオンナノコも減っていいんじゃない?なんで隠してるんだろ?」
私たちも目の保養になってありがたいのに!
そんな彩加の言葉に、マスターはまた苦笑する。
「律さんがあんまりここに顔を出さないのは、頻繁に通ってたら逆に、律さん目当てのお客さんが増えて、樹君が仕事にならないからじゃないかな?」
あー、なるほどねー、と女性二人が納得したように頷く。
それに、と彼は続けた。
「樹君、普段はものすごく爽やかで草食系みたいに見えるけどね、律さんに関してだけは全然違うんだよ」
真顔で、本当は家に閉じ込めて誰にも見せたくないし、他の人と同じ空気吸ったり吐いたりなんかもして欲しくないんです、とか言うんだからね。
えっ、と彩加も繭も、若干引き気味の笑顔になる。
「だからホントは、絶対ルナロッサになんか来て欲しくないって思ってるんじゃないかな?ほら、普段から自分が結構お客さんから口説かれてるから、律さんなんてもっとヤバイ!て思ってるはずだし」
「確かに」
繭が頷けば、彩加も首を傾げた。
「でも、マスターとも顔見知りみたいだったし、なんだかんだ言って何回かは来てるんでしょう?樹クン、止めないのかな」
「それは、律さんが来たいって言ったら、律さんのお願いは何でも叶えてあげたい樹君のジレンマなんだろうね」
律さんは律さんで、たぶん、定期的に来て牽制しておきたいんじゃないかな?この店のイケメンバーテンダーには、そこらへんの女の子じゃ束になっても勝てないぐらいレベルが桁違いの恋人がいるってことを。
そう思っててもそれほど頻繁に来ないのは、樹の仕事の邪魔をしてしまうのがわかっているからだ。だから、自分の容姿が周囲の人に与えるインパクトを十分わかった上で、牽制が風化するギリギリの期間をあけて、また訪れる。
「実際、常連客は君達も含めてみんな知ってただろう?見たことはなくても、樹君には溺愛してる恋人がいるって」
つまり、なんだかんだ言って律さんのほうも、樹君を溺愛してるんだろうね、きっと。
一年に一度、七夕の夜。
普段は仕事に勤しむ彦星と織姫が、全てを投げ出して逢瀬に溺れることを許される夜。
今日ならば、仕事をしている年下の恋人を少しぐらい上の空にしても許されるだろうと思ったのかもしれない。だから、久しぶりに牽制に訪れた、なんて。
そんなロマンチックな思考が、果たして情熱とは対局にありそうな彼のひとにあるのかはわからないけれど。
同じ家に帰って、毎日同じベッドに眠っているだろうに、一年に一度しか逢えない恋人たちも裸足で逃げ出しそうな溺愛をお互いにしているというのは、羨ましいと言うべきか、或いは、業が深いと取るべきか。
2020.07.07
Have a wonderful night!!
遠距離恋愛の方、
或いは単身赴任のパートナーがいらっしゃる方、
ただでさえ会える機会の少ない大事なひとと、
今は更に会いづらい状況が続いていると思います。
我慢を強いられる状況ですが、
会えたときの喜びを大切にしたいですね。
そういう私も、旦那さんは常に流浪の人です。
やぎ
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