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本当にそういうつもりはなかった。
もちろんベタベタしたい気持ちもないわけではないけれど、自分に向けられる貴士の些細だけどさりげない優しさだけで、菫は十分幸せだった。彼は自分のことを鈍感だと言っているが、全く違う。沙都ですら気づかない、ちょっとした気持ちの浮き沈みにも「どうかした?」と尋ねられて驚いたことが何度かあった。
つきあってみてわかったのだが、貴士は菫よりもだいぶ真面目で、深く色々考えている人だった。菫はええカッコしいで、安請け合いしてしまうところがあると自分でも思うのだが、秋に文化祭実行委員になった時も、キャパオーバーになる前に他のクラスメートに声をかけてくれたのは貴士だった。それに委員でもないのに菫の仕事のほとんどを彼は手伝ってくれた。
見た目だけなら、去年少しだけ付き合っていた同じ吹奏楽部の松本先輩の方が華やかだったし、実際モテた。だが、菫は彼から言われてつきあったにもかかわらず、彼の気持ちがよくわからなかった。会っている時は自分を見つめ、歯の浮くような言葉を囁いてくれたのだが、それ以外はメールをもらったのですら、数えるほどだった。やがて三ヶ月後、「君のことがよくわからない」という、こっちの方がよくわからない理由で一方的に振られた。それからすぐに先輩は、同い年の柳部長とつきあいはじめたのだった。
自分のことのように怒った沙都に最初からただの当て馬だったと指摘されて初めて、菫は深く傷ついた。
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