心の大当たり

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 犬吠埼(いぬぼうさき)から少し離れた無名に近い神社の前で俺は寒気を紛らわそうとタバコを吹かす。この神社は俺が小学生のガキだった頃に隠れ家にしていた所だが、十年ぶりに訪れた今でも名前の読み方が分からない。大体何だこの『長九郎稲荷神社』って名前は。ちょうくろうか? ながくろうか? 大人でも読めない様な名前を付けんな。何の価値があるってんだ全く。  この辺は日本で一番早い日の出が見れるらしく、大晦日(みそか)近くになるとどっと人が押し寄せてくる。だが今日は年明けの一週間前。それも平日だからこんな強い潮風が吹き付ける寒い場所に人がいる訳がない。いたとしても精々釣りか散歩のおっさん位だ。  そんな淋しい場所に何故俺がいるのかというと、ひとえに全部コイツのせいだ。 「全く。よりにもよって何でこんな場所まで連れてくるかね、お前は。」  俺はライダージャケットのポケットから一枚のコインを取り出し、そいつに文句をつける。どこの国の物かも知らない金色だったであろうコインは長年のくすみが酷く、本来の輝きはすでに消え失せている。  バイク一つで流浪の旅に出ている俺には目的地がなく、いつもコイントスで行き先を決めている。全て運任せ風任せに生きてきたが、それも十年も続ければ覚えがある場所に着くものだ。例えそこが苦い想い出がある場所でも。 「相変わらずしけた神社だな、ここは。変わったのはかごが付いたこと位か。昔こんな変な鳥居だったか?」  タイ、イワシ、サンマ…それらを象った魚の鳥居はいかにも漁師町の神社って感じだが、辺鄙(へんぴ)なとこにあるこの神社をいくら改築した所で誰も来やしない。参拝に来る人もほとんどいないのだろう。神社のくせに賽銭箱は無く、これまたどういう訳か代わりにバスケットゴールの下に虹色の網かごが付いている。前はこんな物無かったと思うが、誰か手入れをしているのだろうか?
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