28人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日の早朝。俺は朱里が寝ている横で身支度を整える。といってもシャワーを借りるだけなので、身支度自体はすぐ終わる。朱里の名残を熱いシャワーで流し、別れも告げずにまだ日が登らぬかわたれ時の外に出る。
「行っちゃうんだ。」
バイクに跨がりエンジンをかけようとすると、さっきまで寝ていた朱里がアパートから出てきていた。気付かれぬ内に出るつもりだったのに、どうしてこう女の感というのはこうも鋭いのだろうか。
「まだ6時ちょっとだぞ。昨日の酒残っているだろうし寝てればいいのに。」
「大丈夫。これでもお酒には強いんだ、私。」
空は白んでいてお互いの表情は伺えるはずなのに、俺は朱里がどんな表情をしているか分からなかった。いや、正確に言うとどう表現すればいいのか思い付けなかった。去り際を応援しているのか、止めたいのか、悲しんでいるのか…優柔不断な顔をしている。
「悪い。朱里。俺は…」
「ううん。謝らないで。君はそういう人だって知っているもん。」
もう少し早く戻ってきていたら、俺は朱里と人生を共にしていただろうか。それとも結局俺は今進もうとしている道を歩もうと朱里をつっぱねるだろうか。十年という長い歳月が経った今ではもう分からない。
「…メアドとか、聞かなくていいのか? LINEもやってるし、ほら、神社の弁償の件とかもあるだろ?」
顔こそ優しそうな表情を浮かべているものの目の涙までは誤魔化すことができない朱里を見て、思わず自分らしくない提案をしてしまう。
「じゃあ、またここに帰ってくること。期限は無期限。これで弁償の件は目を瞑ってあげる。」
「…連絡先はいいのか? 朱里もいつまでもここにいるとは限らないだろ? 俺だっていつ戻ってくるかなんて保証はできない。」
らしくない念を押す俺だが、朱里は首を横に振る。
「いらない。だってどこにいても同じ地球にいることに変わりはないでしょ? こうしてまた出会えたんだもん…生きていれば必ずまた会えるって信じてる。」
最初のコメントを投稿しよう!