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お互いしばし無言で見つめ合う。これ以上声を出したら決壊しそうだった。俺も朱里も喉元まで出かかっている言葉をぐっと堪えて、俺はバイクのエンジンを入れてヘルメットを被る。発進する直前になって、俺は朝の寒さに震える朱里を見かねて着ているライダージャケットを脱いで朱里に被せる。
「えっ…何?」
「やる。といっても貸すだけな。取り返しに来るから、それまで大事に持っとけよ。」
突然の行いに朱里はキョトンとし、ようやく笑顔を見せ始める。流れる涙の量は逆に増えてしまった。
「こんな男物っぽい上着。私にはちょっと似合わないかな。」
俺は返事をせずにバイクを走らせる。排気音が朝の静寂の空気を切り裂き、たった今二人の道が分かれたことを知らせる。去っていく後ろ姿に朱里はたまらず大声で追い打ちをかける。
「待っているから!! ずっと、ここで待っているからー!!」
振り返りたくなる気持ちを必死に抑えて、俺はどことも知れぬ目的地へ走り出す。ジャケット無しのこの季節での走行は、地獄を思わせる様な寒さだった。自殺行為に等しいことをしていることを体の寒さが警告しているが、不思議と心はいつになく暖かく感じる。
俺には帰る場所がある。
こんな所でくたばる訳にはいかないし、立ち止まってなんかいられない。目的地も何もない孤独な人生だけど、たったひとつのその事実だけで、どこまでも行ける気がする。そんな気がした。
年内残すとこ僅かの太陽が昇り、地平線をオレンジ色に染めていく。次に戻るのは来年か。それともまた何十年後か。いつか必ず帰ってくることを誓う様に、俺はバイクを一際高く唸らせてこの地を後にした。
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