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「高神君。やっぱりここにいた。」
目を開けると朱里が俺の寝顔を覗き込んでいた。何故かこの漁師町に越してきた朱里は金持ちのお嬢様で、周りの女子には見られない可愛らしいリボンを付けている。俺は何だかその可愛さを見るのが恥ずかしくなって、目を反らして悪態をついた。
「…また来やがったのか。何度言やぁ分かんだよ。学校には行かねぇ。」
「またそんなこと言う。明日は卒業式なんだよ。まさか卒業したくないの?」
「んな訳あるか。こんな所さっさと出たくてたまらないってのに…卒業証書だけもらってとんずらするぜ。」
「そんな!! 式が終わったら皆でタイムカプセルを埋めるんだよ? 一生に一度の想い出だし高神君も」「うるせぇ!! それ以上喋んなぶん殴んぞ!!」
俺は右手で拳を作って朱里にちらつかせる。このやり取りも何度もやってきた。当然いつもの如く朱里はこんなことでは引き下がらない。転校してきた時はあんなにいじめられっこの泣き虫だったのに、いつの間に強い女になったのやら。
「…殴れば。それで学校来てくれるならこの頬貸してあげる。」
「だから行かねぇって言ってるだろ。何だってそんなに学校に連れていきたがるんだよお前は。」
「だって私達と同じ学校の仲間だもん。高神君、中学は違う所に行くって聞いたし、皆で小学校最後の時を迎えたいんだよ。」
「はっ!! 仲間な訳ねぇだろう。気に入らねぇ奴散々ぶん殴ってきたのに、今更戻れるかよ。アイツらとも明日で一生のお別れだ。お前も良かったなぁ!! こんな奴に構う手間が無くなって清々するだろ!!」
そう吐き捨てた俺は朱里の顔を見てすぐに後悔する。何故か朱里は頬に涙を浮かべており、俺の視線を涙目で真っ直ぐ射抜いていた。それは俺を哀れむ物でも蔑む物でもなく、無念からくる物に感じた。
「な、何だよ。何で泣いてるんだよ。」
「…ごめん。私がいじめられている所を助けたばっかりにクラスの皆敵に回すことになっちゃったんだよね。私が弱虫だったから…」
「だーかーら違ぇって何度言えば分かるんだよ。いきがっててうぜぇからむしゃくしゃして手が出ただけだって。お前のことは関係ねぇ。」
この町には似つかわしくないお嬢様だった朱里は、この町の悪ガキ共の格好の餌食だった。誰にでも喧嘩を売る問題児の俺だったがその日は特に機嫌が悪く、すぐ隣で泣きじゃくる朱里を集団でいじめていることに無性に腹が立ち、そいつらのリーダー格の奴を前歯が折れる程殴り付けてやった。止めに来た先生に俺がいじめたと罪を擦り付けられ、俺の言い分も聞かずに張り手を食らわしてきた先生にもカッとなって殴り倒してしまった。
以来、俺に学校に行く様に諭すやつは朱里以外いなくなった。
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