心の大当たり

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 十年前の苦い想い出を頭に浮かべながら、俺は目的地に到着する。確かこの展望館近くにタイムカプセルを埋めると朱里から聞いた気がする。たかが写真一枚如きほうっておけばいいのに、あんな不思議なことがあったからか、俺は何者かにこの場に誘われている気がしてここまで来てしまった。  入口の案内板には簡単な建物の説明と開館時刻が書いており、既に閉館時刻を三十分も過ぎていることを知る。流石にカプセルが建物の下敷きになっているとは思わないが、閉館しているのならどの道ここに来た意味がない。掘り返そうにも勝手にやる訳にはいかないし、許可が必要だろうがそれもできそうにない。  諦めた俺はバイクに跨がりヘルメットを被ろうとすると、職員用の通路から若い女性が一人出てきた。女性にしては背が高く、年の割には少し幼く見えるリボンを付けた女性は俺の視線に気付き、呆然と見つめてくる。 「…もしかして…高神君?」 「…朱里?」  急にこっちに向かってきて走り出してくる。バイクに跨がっている俺はその咄嗟の行動を避けることができず、朱里と思われる女性は俺に抱きついてくる。 「高神君だ!! やっぱり高神君だ!! 十年ぶりだね!! いつ戻ってきたの!?」 「…人違いだろ。俺はお前のことなんか知らない。」 「うそ。この目付きの悪さは高神君の物だよ…帰ってきてくれたんだ…元気そうで良かった…」  俺に抱きつく朱里は段々と声量が小さくなり、顔を俺の胸にグリグリと押し付けては肩を震わして泣き始める。俺はそれを引き剥がそうと手を伸ばし…引っ込めてしまう。母親以外味わったことがない十数年ぶりの抱擁は、冷たい風ですっかり冷めたくなったライダージャケットを涙で濡らしていく。 「…ごめんね。急に抱き付いちゃったりして。本当に久しぶりだね。こんなに大きくなったなんて、ちょっとビックリしちゃった。」 「朱里もこんな…綺麗な大人になっているなんて思わなかった。」 「あー、十年経ってお世辞を覚えたな。あの不良少年を地で行く高神少年も十年経てば立派な大人になるんですねぇ。」  俺はおもむろに拳を作って冗談で朱里に殴りかかるふりをする。朱里はへーんだって顔をして俺を挑発し、それが何だかおかしくって二人して笑ってしまう。朱里は分からないが、少なくとも俺が笑顔を見せたのは久しぶりのことだった。 「どうしてここにいるって分かったの? わざわざ私に会いに来てくれたの?」 「アホ。そんな訳あるか。ちょっと訳あってこいつにここまで連れてこられてきたんだ。」  俺は写真を朱里に見せる。やはり俺の読み通りこれはタイムカプセルに埋められた物なのか、朱里は俺の手から写真を取り上げると「うそ…どこでこれを…」と小さく呟く。そんな俺達に一際寒い潮風が吹き付けてきて、朱里が思わず体を身震いさせる。 「積もる話はあるが、取り敢えずどこか暖かい所に行った方がよくないか?」 「そ、そうだね。高神君ご飯は食べた? 懇意にしている居酒屋があるからそこで落ち合わない? 魚が美味しいんだよ。」  俺は二つ返事で頷いて、朱里が運転する車の後についてくる。あの幼かった朱里が仕事をして、車も一人で運転できる様になっているのを見て、それだけ時が経ってしまったことを十年ぶりに実感する。外は既に暗くなりつつあり、凍えてしまうのではと思う程寒いのに、不思議と抱き締められた所がまだその温もりを保っていた。
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