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まだ一年と通っていないけれど、僕の中学校に着いて自分の席に座る前に隣の子がまだ来ていないのが分かった。僕の席は教壇に向かった左の窓際に位置するので、隣は右に座る美月さんしかいない。
美月さんは美人でも人気でも有名でもない。ただ裁縫が得意なだけの女の子だった。入学してから知り合って、仲良くしてもらって友達になった。出席番号が近かったから名前は分かっていたけど、話しかけてくれたのは美月さんの方からだった。美月さんの話は天気の話だったり、食べ物の話だったり、授業の話だったり他愛のない話ばかりだったけれど、僕はいつまでも楽しく聞いていられた。美月さんはグリンピースが苦手で給食で出るたびに僕が食べてあげた。
ある日、美月さんは話の間、僕の足ばかりを気にして見ているようだった。だから、僕は美月さんにどうかしたのか尋ねると、彼女は何でもないと答えて、少しおいてこう言った。
「ただ、膝のとこ、破けてるなーと思って。裁縫セットあるから私、縫えるよ。」
僕はその言葉に甘えて縫ってもらうことにした。兄の古着だった僕の制服はかなり年季の入ったもので、いつどこが破れていても仕方ないものだった。気がつかなかったと正直に言うと、美月さんはこんなに寒いのによく耐えれるねなんて笑って返してくれた。
僕は自分の席について5時限目まである授業のために荷解きを始めた。一度足元に置いたカバンを見ると、制服のズボンにいた縫い目にも目がいった。
「おはよう。」
下を向いていた僕は声がした方向に反射的に顔を向けた。美月さんはマフラーに手袋をした暖かそうな服装で笑ってこっちを見ていた。挨拶を返すと美月さんは席についたが、笑ってこちらを向くことを止めはしなかった。僕がどうしたのと聞くと、彼女は何でもないと答えて、それでも言わずにはいられないといった感じで続けた。
「だって、まだ制服だけで来てるんだと思って。寒くないの?」
僕は寒くないと言おうとしたが、急に来た身震いにその言葉を引っ込めた。美月さんはまた笑って、今、マフラーを作っていることを教えてくれた。裁縫の次は手編みを始めたらしい。今度、完成したら僕にくれると言ってくれた。
美月さんが言うには手編みは人の心くらいあったかいらしい。
僕はまだ、手編みのマフラーを見たことが無い。
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