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僕は手編みのマフラーを見たことが無い
僕は手編みのマフラーを見たことが無い。
今日も朝から僕の家は賑やかだ。上のベッドで寝る兄の目覚ましが今日も止められることなく僕の脳に響く。子供部屋の並ぶ二階から階段を降りる。キッチンでは母のドタバタとした足音が、ダイニングでは早朝から部活の練習があるといっていた姉の文句が聞こえる。大方、母に起こしてもらうよう頼んで今に至るのだろう。母が毎朝、慌てて家を出ていく様子をみてよく信頼したもんだと感心していると部屋に戻ろうとする姉とご対面する。ご機嫌斜めな姉は僕をギロリと睨むと足早に上へと向かった。さっき考えていたことは口が裂けても姉には言えない。
そうこうしているうちに母は準備を済ませたようで玄関に移動していた。
「お弁当は台所に置いておいたから。持ってってね。じゃあ、お母さん出るから。急いでるから鍵閉めておいてくれる?」
そう言い残して母は扉を勢いよく開くと、閉じ切ってしまう前に僕の視界から姿を消した。僕は扉の鍵を閉めて、ダイニングに行こうと思ったが先に洗面台へ向かうことにした。
母は早くに亡くなった父の代わりに家計を支えるため、日々奮闘してくれている。ダイニングにいくと、僕はいつものように5枚切りの食パンを一枚、オーブントースターに入れる。焼けるまでに部屋で身支度を整える。昨日の夜に学校へ向かう荷造りは終わっていたから制服に身を包み直らない寝癖を気にしながら一度降りた階段を再度降りる。階段を降りきると同時に上から降りてくる足音が聞こえる。急いでいる様子から姉なのは振り返らなくても分かった。ダイニングにはその足音の犯人と同着する。
チンッ
オーブントースターが鳴る。僕はこんがりと焼けたパンを取り出す。
「なんで私の分も焼いといてくれないの!こんなに急いでるっていうのに。ホント、気が利かない!」
突然の罵倒に僕の体は委縮するしかなかった。姉は台所にある弁当を一つ取りカバンにしまう。そのまま近くにあった飲料ゼリーを加えて家を出た。
僕も登校する時間になり、いまだに部屋どころがベッドからすら出てこない兄を起こしに部屋へ戻った。ベッドの上に上る階段に乗り、兄の身体を2,3度揺らす。僕が家を出ることを伝えると兄は「あー。」とか「うーん。」とかで返してくれる。これがいつものことだった。三兄弟の内で一番上とはいえ、年齢的には18にも満たない兄は今日も学校には行かないようだった。
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