第一話『女だけの花世界──虹華楼』

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第一話『女だけの花世界──虹華楼』

 見渡す景色を薄めた色が水面で煌めき、鏡のように反射する。  その鏡面には幼き少女の勝気な瞳と艶やかな桃髪が映り、小さな下唇を突き出して顔を引っ込める。  辺りは水色の瘴気と薄闇に包まれ、朱く燃えるポインセチアの花は神秘的な彩りを魅せていた。  「もうこんな時間……」  一世紀程前に存在した古人類は、今の時間を機械と呼ばれる文明の一つである電気を使って凌いでいたと言われているが、彼女達はそれを全て花で成す。 「──咲螺(さくら)」  不意に後ろから名前を呼ばれ、少女は湖畔に座り込んだまま身体を後ろに向ける。藍色の髪を後頭で結ったその少女は、端正な顔立ちと相まって村の皆からは将来の騎士様と評判である。 「またここでおさぼり? ママ達が怒ってたよ」  苦笑混じりにそう言いながら隣に座る彼女の肩に、咲螺はごろりと頭を預ける。 「しょうがないじゃない。めんどうなものはめんどうなの!」 「咲螺のお役目は物凄く名誉なことなんだよ?だから面倒なんて言っちゃだめだよ」 「だったら永絆(なずな)がやればいいでしょ? ……全く、皆は口勝手に原初の巫女様と似ているからって言うけどさ、それってわたしの外見だけしか見てないよね」 「あー、拗ねてるのはそこなんだ」  頬を膨らませる咲螺に、永絆は再び苦笑する。そして不満を露にする彼女が纏う装束に目を移す。  さながら巫女が着込むといった純白のそれに、所々に施された彼岸花の刺繍。  永絆も別のお役目で装束を着てはいるが、彼岸花の刺繍と村の巫女としてのお役目は彼女だけの特権だ。  そんな名誉ある装束も、癇癪の果てにしわくちゃとなっては報われない。 「大人になると、やっぱり余裕が無くなって視野が狭まっちゃうのかな。でも永絆は違う。本当にわたしの中身まで好いてくれるのはあなただけよ」  そう言って屈託ない笑顔を向け、肩から頭を離すと頬にそっと口づけた。  その突然の不意打ちに、永絆は凛とした相好をじわじわと浮かぶ朱で崩し、「ほわわ……」と目をぐるぐるさせる。 「永絆がこんなに可愛らしい一面を見せるのも、わたしにだけだしね!」  羞恥に惑う永絆の様子に誇らしげに「ふふん」と満足げに鼻を鳴らすと、やがて立ち上がり永絆に手を伸ばす。 「あなたの可愛さに免じて、今日のところはママ達に叱られに行ってあげるわ!」  その返事を聞くと、羞恥に惑っていた騎士は手を掴んで「もう、勝手なんだから」と悪態をつき、すぐに口元を緩める。  二人は手を繋いだまま、青々と茂る森へと進んでいく。この先に村と二人の家があるのだ。 「珠爛(すずらん)様は怒ると怖いよ?」 「このわたしにかかれば紅ママなんて敵じゃないわっ。それと、様付けはしなくていいと言った筈よ?わたし達はもう家族なんだから」  不安げな顔をして隣歩く永絆に、咲螺は頼もしく、そして満面な笑みで元気づける。  その励ましを受け、虚をつかれたような表情をした後、彼女は照れ臭そうにして言った。 「ごめん、つい癖で。でも、ありがとう……本当に。あの家も、村も……本当に皆から良い人達ばかりだよ」  「そうでしょ?」 「ま、だからこそ、その良い人達の期待を裏切らないよう、お役目はきちんと果たさないとね」 「ぐぇっ。……それはそれよ。お水に流しましょ」 「そんなことでお水を使わないで」  ここでお返しと言わんばかりに正論を説く永絆に、咲螺は渋面を作るほか出来なかった。  段々と増えていくポインセチアの灯火が、二人の少女を歓迎していた。  
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