12人が本棚に入れています
本棚に追加
館葵村は、蒼く澄み渡るような森の畦道を抜けた広場にあり、木組みの家と花々で彩られた装飾が映えるごく普通の集落だ。
その村の民家が一つである平屋のリビングルームで、今まさに修羅場が開幕していた。
「今度おさぼりしたらどうなるか……言いましたよね?」
「聞いたような……聞かなかったような……あ、やっぱり聞きました」
先程までの威勢が嘘であるかのように縮こまる咲螺に、今となれば不思議と恐ろしく映る笑顔で静かに問いかける聖女の姿があった。
聖女──そんな表現が当てはまるぐらい、彼女の常の笑顔は万人を魅了する。
栗色の髪を斜めに切り揃え、豊満な肢体を色とりどりのスイートピーが飾られた衣装に身を纏う様は、姫君と言う表現もあながち間違いではない。
そんな姫君も、今となっては世にも恐ろしい暴君の鬼気を纏っているが。
「それでは世にも恐ろしいお仕置きの時間といきましょうか」
「待って待って。その前に──はい、別に毎日わたし達を養ってくれてありがとうとかって訳じゃないけど、プレゼント」
背中を震わせながらも照れ隠しのように素っ気なく渡す。
そんなバラバラな行為を器用にこなして渡したのは、赤いクローバー──ムラサキツメクサと呼ばれる花だった。
花言葉は『勤勉』。いつもありがとう、と言った意味を込めたものではあるが……
「あらあらまあまあ! なんて親孝行な娘なのでしょう……これは押し花にでもして飾っておくわっ」
「うん! わたしもそうしてくれると嬉しいかも。そういえば、今日の夜ご飯はなーにかなぁ……」
「それはそれとして、何回がいい?」
「へ? おかわりのこと?」
「ううん、お尻叩き」
「あー……」
生き生きとしていた小柄な背は再び縮こまり、傍らにいる永絆に捨てられた子犬のような目線を向ける。
「はい、それでは行きましょうね。そうだ、永絆、純麗がまだ妖獣退治をしていると思うから、少しばかり教えて貰いなさい」
「う、うん。分かった」
もう一人の母の逞しい姿が脳裏に浮かび、意気揚々と頷くと、咲螺に不器用に片目を瞑って謝り、木の扉を開けて外へ出た。
最初のコメントを投稿しよう!