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「──息吹け、『不変の光杖』」
白い光が薄闇を一閃し、巨影の軍勢の動きを一挙に止めた。
昆虫が持つ六本足に肉食獣の獰猛な爪と牙。前文明では別個で存在していたとされる虫と獣。
だが、この世界では当たり前のように彼等は融合体として闊歩している。
しかし、そんな凶暴な生物も目の前に佇む狩人にしてみれば、いとも容易い食料として映るのである。
眩く煌めく白光は薄闇よりも深い黒髪を目立たせ、同色の浴衣からすらりと伸びる白い手脚が自然と目を惹く。
「純麗様、やっぱり凄い……」
自然と口から感嘆が漏れる。それを聞いた当人はゆっくりと振り返り、切り揃えられた前髪の下で、精悍な顔付きに柔和な笑みを浮かべた。
「なぁに、お前にもすぐ使いこなせるさ」
そう言うと、純麗は杖を持つもう片方の手に持つ『スノードロップ』に手甲から出した翡翠色の管──『花赦』を繋ぎ、停滞する獣達を見ずににそれを握り潰す。
すると、獣達に向かって雪色の雫が飛散し、瞬く間に生気を奪っていった。
「命の死を望む危険な花だ。お前にはちと早過ぎるかな。一歩間違えば自分が死ぬ」
「それは……怖いね」
軽く言われた物騒な文言に、背を震わせて慄く。そんな彼女の頭を純麗はわしわしと撫で、悪戯に笑う。
「そんなんで愛しのお姫様を守れるのかぁ? 他の奴に取られちまうぞ」
「な……っ、咲螺はぼくの──」
「ぼくの?」
言った直後に頬が火照り、二の句が継げない。
「将来の、こい……」
「そこは恋人止まりじゃなくて結人だろうがっ」
「うぅぅ……」
咲螺が居ないところで勝手に彼女との将来の展望を勝手に語るのも云々……といった言い訳なら幾らでも出てくる。
だが、目の前の白母にそんなものは通用しない。いつだって自分に対して正直に、真っ直ぐ生きてきたのだろう。
そんな彼女に、永絆は強く憧れていた。
「まあ、いつか力強く抱ける日が来るさ。私もそうだ。今となっては珠爛は私の結人だが、昔はそうともいかなかったからな」
「え、それって珠爛様には他の意中の人が居たってこと?」
「ああ、そうだ。そこから色々あって今に至る訳だが」
「色々って何があったの? まさか、寝、寝、寝ど──」
今度は好奇心で頬を赤らめて迫る永絆に、純麗がたじろぐ番だ。
「んなことしねぇよ! ていうか、そんなこと誰から教わったんだ!」
「そういえば、その妖獣達ってお肉が美味しいので評判だよね。怖いけど」
「急に話を変えるのは子供の特権だな……。そうだ。珠爛が目を蕩けさせる程の絶品だ」
と、豊満な胸を張り、もう一度アンモビウムの光を放って今度は中空で一列に停滞させ、そのまま運ぶ。
「本当に凄いよね、純麗さ……ママの花護」
純麗が担いでいる細く長い白磁の杖に目を輝かせる。先端にはアンモビウムの花が咲いており、柱頭から放たれる白光に当てられたものの動きが止まるのだ。
「使い勝手は良い。だが、こいつも使い方に気を付けねぇと自分の大事なもんも止まっちまう」
「その言い方だと、ママは間違って止めちゃったものがあるの?」
なんとなしに聞いたその質問に、純麗は目を見開く。その強く凛とした瞳は幾らかの悲哀の情を帯びていて。
一瞬、原初の巫女を語るもう一人の母と重なって見えた。
「止めちゃったっつうより……止めたんだ。……それが必要だったからな」
小さく呟かれた後半の言葉は、すぐに薄闇へと消えていった。
そして純麗はすぐにまたぎらりと笑い、永絆の肩を叩く。
「お前にも持つものはあるんだ。姫君の騎士様に相応しい剣がさ」
「でも、これは……」
「それが例え不本意なきっかけで得た力だとしても、望まぬ咲き方だったとしても、育てるのはお前だ。そこに誰かを守りたいっつう意志があるんなら、尚更な」
低く真面目に言われたその言葉は胸の奥に強く響いた。そして胸の奥に暖かいものが沈殿し、脳裏に浮かんだ暗い記憶の靄が吹き去っていく感覚があった。
「うん! ……よぉし、ぼくもママみたいに立派な狩人になるぞぉ!」
「そのうち、狩るのは獣だけに留まらなくなったりしてな」
「それってどういう意味?」
「なんでもねぇ。ガキにはちと早過ぎた」
「むむむ、また子供扱いしてる……」
頬を膨らませる永絆の額を、純麗がデコピンで弾いてふふんと笑う。永絆は「もう……っ」とポニーテールを逆立てるも、釣られて笑った。
そうして他愛の無い会話をしつつ、二人は今晩の食料を連れてスイートピーの花弁と共に村へ帰還したのだった。
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