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──心の温度が伝染することを、ご存知だろうか。
あたたかだった心は冷えた心に触れると冷たくなり、そうして冷えた心で触れた心は、ドンドン冷たくなっていく。
そしていつしか──雪のように。
これはそんな心を持つ、一人の男の話である。
雪雪 雪は、己の名前についてしばしば運命を考える。
初見で名前の読み仮名を当てる難易度がハードだと自覚している雪は、概ねの自己紹介で〝ユキ〟と呼ぶように苦笑混じりに自己申請するのだ。
幼い頃理由を尋ねると、両親は双方笑って悪ノリだと言った。
本当のところは、大の雪好きが夫婦になったせいなのだが。
詳細はさておき、とかく雪塗れにされた一人の男がいたのだと思ってほしい。
名前が全て雪で、あだ名がユキである。ちなみに冬生まれ。
常冬のその男は、小学校に上がった頃から、自分の体が気温に左右される奇妙な体質だと気がついた。
有り体にいえば、溶けるのだ。
疑うことなかれ。
これが結構大変なんだぞ。
夏場に汗をかいた時、自分が一回り縮んだことに小首を傾げたのが最初で、以来気温が上がると物の見事に縮んでしまう。
服のサイズが季節で変わるなんてあんまりだ。
もちろん海にだって行けないわけで。ひと夏のアバンチュールを味わったこともない。
大衆の風呂には入れないので、自宅で水風呂一辺倒。ババンババンバンバンとしてみたかった。
常温では問題ないが、それを超えると溶けてくる。寒さを感じることがないことだけは冬場に嬉しいことと言えるかもしれない。
常に冷たい雪に夏になると友人がへばりつくので、部分的に溶けたりはした。たいへんに迷惑だ。
逆に冬には近寄りもしない。本当に失礼な奴らだ。いつかひっそり足を冷やしてこむら返りにしてやろうと思っている。
雪自身はこの融解体質も名前も周囲の人たちも、嫌いなわけじゃない。
ただ恋人と抱き合うこともままならないくらい、不便というだけ。
な。結構大変だろう?
──さて、そんな身の上話はここらで終わりだ。本題に入るとしよう。
「おいコラ脳内お花畑野郎。なんでこんなとこいれンの言うとんねん。しばいたるからわかるように言うてみィ?」
コンビニエンスストアにあるような業務用冷凍庫の中で、雪は冷淡な声を響かせ、ガラスの蓋の向こうからこちらを覗き込むグレーの大型犬を胡乱気な視線で射抜く。
世界中が浮き足立つクリスマスイブだと言うのに、どうしてか雪は冷凍庫の中に詰められているのだ。
これが怒らずにいられるか。
いいや、不可能だ。故にこうしてわかりやすく怒っている。
雪に冷ややかな視線で貫かれた犯人の大型犬──紺露 直はと言うと、その怒りを一応受け取ったらしい。
ガラス蓋をカラカラと僅かに開けて、無表情ながらキューンと悲しげに眉を垂らす。
「なんで怒るんよ……俺、ユキが溶けんよう、考えたんやで……?」
「冬場は基本的に溶けへん。ほんで人を冷凍庫入れたらあかんやん。トゥイッターでバズるで? 営業妨害やわ。てか、親父さんらどこ行ったん?」
「ん、ほんだら夏場につこたらえーわ……ばずるってなに? 親父らはケーキ売り込んでる」
「そ。バズるはお前、めっちゃ拡散して話題なること。悪いことやったらやったらあかんことや」
「法律では禁止されてへんで」
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