カスパールの咆哮

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 目の前にはメシアが――、次の会長が居るというのに、大磯は部長の、今の会長のことばかりを考えてしまう。 自分がたすけるのは、彼ではないのだと分かっているのに。  大磯が自分に(あき)れ、あきらめかけたその時、彼の声が最後の一文を読み唱えた。    「そこでかれらは平れ伏して礼拝し、宝箱を開いて、黄金と乳香と没薬とをみやげものを献上した」    みやげもの――、お土産で当たってんじゃん!と揚げ足を取ることを忘れて、大磯はいっそう腕を高く掲げ、対して頭を低く下げる。  そうしながら、心を決めた。 そして、声なきこえで高らかにほえる。 「この黄金は、『金』はあなたに捧げます!あなたのものです‼――部長!あなたに会えてよかった!うれしかった!すげぇ、うれしかった‼」  むろん、大磯の雄叫(おたけ)びは誰にも聞こえない。 目の前の曽根崎にも、声のみの部長にも。 それでも、次の『カスパール』は心の限り、――想いの限りに咆哮()え続ける。  まるでそれに応えたかのように、客席から拍手が沸き起こった。 割れんばかりの大音響に包まれてようやく、朗読劇が無事に終わったことを『カスパール』は知った。  曽根崎の向こう――、舞台袖をふと見ると彼が立っていた。 その顔が笑っているように思えたが、汗と涙とで視界がにじんでよくは分からなかった。                終 参考文献(引用を含む) 口語訳 旧約新約聖書 ドン・ボスコ社  
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