サメのとりはだ

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サメのとりはだ

「おまえ、また怯えてんの?」 「おれたちサメの威厳がだいなしだ」 「イルカがあなたをみたら、いい笑いものになっちゃうわ」 一匹のサメを囲んで、同い年のサメたちは責めています。 真ん中のサメはちいさくなって耐えています。 そのサメがふるえた声でいいました。 「いいよ、ぼくはおくびょうなままで…。   ちょっとおなかすくくらい平気だよ」 「おこぼれを食わせてやるよ。 だからあんまり群れからはなれるな」 「女の子みたいね。 そんな生き方でいいの?  サメらしく、生きたくない?」 「ぼくだって…!」 ぼくだって、好きなところにいきたいし、狩りもうまくなりたい。 いつも群れのなかで生活しているじぶんを変えたいとおもっているんだ…。 精一杯言い返したかったサメですが、またなにかを言われそうで ことばを飲みこみました。 ほかのサメは、どうにかしてこわがりを克服してほしくて つよく言うのでした。 それでも変われないサメを哀れにおもい、どこかへ行ってしまいました。 うかうかして群れからはずれてしまうことを恐れて、 サメは必死についていきます。 うとましくおもうことなく、なかまは守ってあげていたのでした。 今日も群れのみんなは優雅に泳いでいますが、 サメはぎこちないものでした。 ふだん、力強く泳いだことがないからです。 しばらく先へ進んだときでした。 海のながれが変わったことを察知したサメたちは泳ぐのをやめます。 サメはおろおろしながらとなりのサメにききました。 「どうしたの? なんで止まっちゃったの?」 「これは…えものの大群よ!」 波が押しよせるかのように きらきらした魚たちがまっすぐ突きすすんできます。 ごはんだ!と、みんなはそれぞれ狩りをしはじめました。 「まって! なにも見えないよ!」 サメは魚たちに言うものの、いきおいに流されていきます。 「みんな! ぼく、ここだよ!」 サメたちは魚に夢中でサメの声は届きませんでした。 もみくちゃにされて、きらきらとかがやく視界がまっくらになりました。 大群からするーっと、気絶したサメのからだは落ちていき、 そのまま海の底に倒れてしまいました。 サメは目を開けました。 いつもはにぎやかなサメたちの声がきこえません。 まわりは海草がゆらゆらとゆれているだけで、静まりかえっています。 「まいごになっちゃった…」 サメはぼうぜんと海草のゆれを見つめることしかできませんでした。 「おーい!だれかいないの!?」 うすぐらい、海のそこ。 サメの声だけがひびきわたります。 くらい、こわい、くらい、こわい。 一度も群れをでたことのないサメは、どうすることもできません。 「もう、みんなと会えないんだ…。   ぼくはずっとこの場所で、ひとりぼっちのまま…」 からだに似合わず、大声でサメは泣きはじめました。  その泣き声とは別に、どこかでちいさな声が聞こえます。 「うわーん! だれかたすけて!」 ちいさい子どものようです。 サメは助けを求める声のほうへいこうと尾びれをうごかしましたが、 それ以上泳ぐことができません。 もし罠だったら、おそわれるかもしれない けがをして泳げなくなったら、みんなに会えなくなるかもしれない きらきらした魚たちにまたどこか遠いところへ連れて行かれるかもしれない さまざまな不安があたまをよぎります。 そんな中でも、ずっと子どもの声はきこえてきます。 「おねがい! だれか、たすけて!」 海底にひびきわたります。 もし…これが友だちやなかまだったら? 様子を見るだけだったら、だいじょうぶ。 危なくなったらすぐ逃げればいいんだ。 サメはゆっくりと声のするほうへ泳いでいきました。 「おとうさん! おかあさん…」 海草のなかに隠れてこっそり覗き込むと 小魚が岩に挟まれてうごけなくなっているようです。 一生懸命ヒレをぱたぱたとさせていますが、抜ける気もしません。 ごめんね。 ぼくにはなにもできない…しょせん怖がりだから サメはかき分けた海草からヒレをもどそうとしたとき、 「だれかいるの!?」 ほんの少しの水の流れを感じて、まわりをみわたします。 「おねがい! この岩をどけてほしいんだ!  ほかの魚の助けを呼んでくれてもいいから、どうかたすけてほしい!」 じぶん自身に訴えているとおもうと、去るのに気が引けました。 それからずっと、サメのじぶんに話しかけています。 この子も、なかまのもとに帰りたいんだ… 「岩をどけるだけで大丈夫?」 思わず声をかけてしまいました。  ほかの魚と話すのははじめてだったので、緊張したか細い声でした。 返事がかえってきたことが、小魚に希望をあたえます。 「うん! そしたら抜け出せる! 手をかしてくれる?」 「…いいよ」 小魚の視界にはいらない、うしろから岩をもちあげることにしました。 ゆらゆらと泳ぎ、岩にヒレをかけます。 サメにとってはなんともない重さです。 いとも簡単に岩をどかすことができました。 いきおいよく小魚が脱出します。 「やった! やった! ありがとう!  きみって、とっても力持ちなんだね!」 くるっと向き直ってみてみると、 そこにはからだの大きな生き物がいました。 それは小魚をぱくりと食べてしまう、危険なサメです。 見るやいなや、 「サ、サメだー!!!」 たすけを求めていた声よりも大きく叫びます。 「まって、ぼくは…」 話しかける余地もなく、小魚は海草の奥へと消えていきました。 「みんなの場所を、知っているか聞きたかっただけなんだ…」 どかした岩をとん、と落とし そこにサメも横たわりました。 眠ってしまって、はぐれてどのくらい経ったのかわかりませんでした。 ぼーっと海底から、うえを見上げます。 こわいのか、不安なのか、こころはなにも感じませんでした。 そのとき、影がサメをおおいました。 すくっとサメは起きあがります。 とても大きなその影は、こっちを見ているようです。 得体の知らない魚と出会い、また臆病なきもちがわきあがってきました。 影が、そんなサメにやさしく落ちついた声色ではなしかけます。 「どうしたんだい、サメ一匹がこんなところで横になって」 なにもしゃべれないサメに、つづけて言います。 「けがでもしたのかい? それとも、大きなえものを逃がして  げんきをなくしちゃったかい?」 ふぉふぉふぉ と、お年寄りの笑い方をします。 なんだかおじいちゃんを思い出して、すこしほっとしました。 だからなのか、思いきって答えます。 「ぼく…、迷子になっちゃったんだ。 群れから離れちゃって」 「そうか、そうか」 わるい魚じゃなさそう。 ほかの魚と たわむれたことがありませんでしたが、直感をしんじました。 「うごかないと探すものも探せない。 よかったら一緒においで」 影が近づいてくると、あいての姿がよくみえました。 はなしかけてきたのは、サメより何倍もおおきい くじらだったのです。 くじらの横で、からだをちいさくしながら泳ぎます。 そんなサメにおしゃべりなくじらは話しかけます。 「サメってものは、獰猛でこわい魚だろう?  わがもの顔で泳いで、はぐれたなかまを探せばいいんじゃないのかね」 あたりまえのことを言われてますます縮こまってしまいました。 「ま、くじらにもサメにも、ほかのさかなにも、いろいろあるさね。  おまえさんはちょっと変わっているだけで  姿かたちはサメそのものだからの。 まだしあわせな方さ」 こんなじぶんを”ちょっと変わっているだけ”に見えるくじらに、 ほんの少しこころを開きました。 それでもあいかわず、つぶやくように言います。 「ぼくは…おくびょうで、こわがりで、いつも不安でいっぱいなんだ。  だから群れからはなれたことがなかった。  今もほんとうは、こわくてこわくてたまらない…」 そうぞうしたサメは、ぷるぷると体を震わせるのでした。 ほんのちょっとくじらに身をよせます。  おおきなからだは、最初警戒していたものの だんだんと安心感に変わっていくのでした。 くじらは、余裕の表情でいいます。 「わしだってこわいさ。 知っているかい?  サメはくじらを食べるのさ」 「え! そうなの!? じゃあ、なんでぼくをたすけてくれたの?  まさか、いじめるために…」 「ふぉふぉふぉ。 その考えすぎをどうにかしたほうが良さそうじゃの。  あんなに元気のない魚をみたら、放っておけないさ」 くじらは好奇心のかたまりのようにみえました。 食用とするサメにはなしかけて、いっしょに探してくれるなんて じぶんにはできそうにありませんでした。 「わしはいつもひとりで海を泳いでいる。  おまえさんはなかまを探してひとりで海を泳いでいる。  さびしいもの同士、いっしょにいてもよいではないか」 となりにいてもいい。 そう言われてサメはようやく、にこっと笑うことができました。 くじらと海を漂っていると、いままで気づかなかった景色に気がつきます。 きれいなさんご礁、色とりどりの小魚 岩場に住むちょっとこわいお魚、サメにもたくさん種類がいること。 博識なくじらは、豆ちしきをはさみつつサメにおしえました。 あれはなに!ときくと、すぐこたえがかえってくるのでした。 「こんなに、海ってたくさんのいきものであふれているんだ。  怖いものだけじゃなくて、きれいなもの面白いものがたくさんある」 「だから、泳ぐことがやめられない」 くじらはおおきな体を一回転。 とてもきもちよくまわっていたので、サメもくるくるとまわります。 思わず目をまわしそうになりましたが、 ちょっと先のほうに知っているかおを見かけて覚めました。 ともだちと、なかまたちです。 やっと合流できる! うれしそうに、くじらにいいました。 「ねぇ! ねぇ! あの群れ、ぼくがいたところだ!  やっと見つけたんだ…ぼくの居場所!」 ヒレで向こうをさし、はしゃぎました。 長かったようで短い旅はおわりを告げようとしています。 くじらは、サメのよろこぶ姿をほほえましく思いました。 サメはくじらのからだをひっぱります。 「ぼくの命の恩人って紹介するよ! ね、はやく!」 「あんなにお勉強したのに、そのあたまには何もはいっていないのかい?」 くじらはやさしくサメをひきはなしました。 「くじらとサメのおはなしを」 くじらはサメをぎゅっと抱きしめました。 おおきなあたたかいからだに包まれて、サメはすっぽりと収まりました。 「もっといろんなものを見て、  わしのように無駄知識をみんなにおしえてあげるんじゃぞ。  もう、ひとりでいけるね?」 群れはだんだんと遠ざかっていくので、かなりの距離になりました。 それでもサメは、まえのように鳥肌をたてて怯えることはありません。 くじらは抱いていたサメをはなすと、背中をおしました。 サメはくじらに向かっていいます。 「ありがとう。 ぼくを変えてくれて!」 力強くからだをゆらして泳ぎます。 どんどんスピードをはやめて、 全身を打ちつける水に心地よさをかんじるのでした。
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