動く刻

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動く刻

 『失礼しま~す。』間延びした口調で、社長室に入室した櫂は手招きされて適度に沈み込む高級ソファーに着座した。 既にここに来るまでの道中でキャラクターを創り上げてきた櫂の表情に硬さは無い・・・・ゆったりとした口調でもう一度  『宜しくお願いします』 と2人を正視した。 たまたま昨日の桝村との出会いから今に至っている櫂にとっては、ほとんどこの企業の業務内容など理解出来ていなかったし、営業職の求人としか聞いていないのである。 自分の選択肢の中の一つであるだけで、どうしてもこの企業で働きたい!・・などとは露ほども考えていないのだ。 どうせなら、自信満々の桝村がいるワールドアートを観察してやろうと乗り込んできたつもりである。 『え~とっ・・・・・・・・・・・、君は確か桝村が言ってた子やねえ』 痩せていて、猛禽類のような目をした井川が口を開いた。 独特の間があって言い回しの優しい口調だが、この種の目をした人間は二面性を秘めた性格であるということを多くの舎弟に囲まれて育った櫂は知っている。 『はい 桝村さんに行ってこいとそそのかされましたので』 反応を見ようと少し揺さぶってみる。 中山は目の前のテーブルに持っていた履歴書の束をポンと投げ置いてから 『道理で・・・履歴書が見当たらんはずや、持ってきてるか?』と聞き取りやすい早口で問いかけてくる。 『はい』 櫂はスーツの内ポケットから履歴書を取り出して中山に手渡した。 中山は履歴書を手早く斜め読みし井川も続くようにそれを覗き込んでいたが・・・暫くの沈黙の後、中山が堰を切ったように話し始める。 『なるほど電話営業経験者かっ、何で関西に帰ってきたんかな? うちは対面販売のスタイルやから今までの経験を活かせるところもあるけど、新たに覚えなあかん事も当然あるな、アートを扱うクリエイティブなイメージに憧れて面接に来た訳やないよな。 なかなか自分を上手いことトボけた表現で隠してるし、おもろいな自分!』  櫂は矢継ぎ早とはこんな感じなのだと思いながら、大きく外れることなく見抜かれた中山の観察眼に少々圧倒された。 『森田君がうちで働いたとしたら何が出来ると思う?』 間髪入れずにさらに中山が問いかける。 『はあ、正直言うと仕事の内容もほとんど聞いてませんし、何が出来るかは分かりませんが・・・とりあえず働くとしたら営業に一生懸命にはなれます』 中山と井川が瞬間目を合わせたようにみえたが、またもや中山が『井川部長、研修は明日からやったな』と言葉を発したので、すっかり矢継ぎ早のペースに捕まって櫂のリズムでは観察させてもらえない。 『はい明日からです・・メンバーも決まりましたし、・・朝の9時に始まるから・・・・・森田君来れるか?』 あまりにもペースの違いすぎる2人の会話に、井川に問われた内容を理解するのが一瞬遅れた 『えっ!』 思わず声が漏れ出てしまう。 『化かし合いはもうええやろ、こだわり持ってそうな感じやし個性もしっかりあるわ。採用やから明日から研修に参加して儲けられるようになったらええわ、 今日はこれまでや、もう帰りや』 中山はそう言うとタバコに火を点けて、さも美味そうに煙を吐き出した。 ワールド第四ビルから出る頃には日が傾き、近隣に立ち並ぶ飲食店の看板には鮮やかな光が灯り始めていた。 《自分がタイプ分けされたっ!》 こんな経験は初めてであったが嫌な気分ではない、むしろワールドアートという企業に興味が出てきた。 《俺の魂の村選別なんて営業のほんの入口に立っていただけなんや・・》
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