1224

6/8
前へ
/9ページ
次へ
「タルトって、苺の?」 「いえ。」  なぜ恵佑は、苺にこだわるのだろう。安斎は(いぶか)しく思いつつ答える。 「いろんなフルーツの乗った、定番のタルトです」 「あ、良かった!」 「え」  恵佑は、ばつの悪そうな顔をした。 「ごめん。言ってなかった……って、今日三回目だな。歌織は、苺が苦手なんだ」 「えっ?!」  それを聞いて、青くなる。 「フルーツタルトも、苺乗ってますけどっ?!」 「大丈夫だよ。全然食べられない訳じゃないから」  苦手だけど食べられない訳じゃないとは、どういう事だろう。 「苺が主役とか、苺びっしりのタルトとかじゃなければ受け取ると思うよ」 「はあ……」  苺が苦手と言うよりも、大好きではないと言うことか。腑に落ちないまま、恵佑の言葉は続く。 「……そんな事も含めて、歌織の今までの誕生日へのわだかまりを知ってる分、身内だとストレートには祝いづらくてね」  祝ってやってくれてありがとう、と言われた安斎は複雑な気持ちで、さもないことです、と言葉を返した。    * 「お疲れ様です」 「お疲れ様」  その日は客の引けも早く、時間通りに閉店出来た。片付けもいつもより早く済み、安斎が歌織に話し掛けるタイミングも、いつもよりも計りやすかった。 「歌織さん」 「何?」 「……お誕生日、おめでとうございます」 「まあ」  ケーキを、紙袋ごと進呈する。差し出しつつ最敬礼に近い礼をしているので、歌織の表情は見えない。 「……ありがとう。わざわざ買って来てくれたの?」 「わざわざでもないですが」  わざわざではない。歌織の為なら造作もない事だ……たとえ行列のせいで昼食を食いっぱぐれても。 「ご馳走様。嬉しいわ」  お言葉を賜った安斎は、腰を曲げたまま上目遣いで歌織を見た。  歌織は、女王様が家臣を(ねぎら)うかの様な、鷹揚(おうよう)な笑みを浮かべている。心からの微笑みなのかどうかは、安斎にはよく分からない。 「……実は、もう一つ、差し上げたい物が」 「え?……っ!」  安斎が差し出した、包装も何もされていない一冊の本を見て、歌織は瞬間息を呑んだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加