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「タルトって、苺の?」
「いえ。」
なぜ恵佑は、苺にこだわるのだろう。安斎は訝しく思いつつ答える。
「いろんなフルーツの乗った、定番のタルトです」
「あ、良かった!」
「え」
恵佑は、ばつの悪そうな顔をした。
「ごめん。言ってなかった……って、今日三回目だな。歌織は、苺が苦手なんだ」
「えっ?!」
それを聞いて、青くなる。
「フルーツタルトも、苺乗ってますけどっ?!」
「大丈夫だよ。全然食べられない訳じゃないから」
苦手だけど食べられない訳じゃないとは、どういう事だろう。
「苺が主役とか、苺びっしりのタルトとかじゃなければ受け取ると思うよ」
「はあ……」
苺が苦手と言うよりも、大好きではないと言うことか。腑に落ちないまま、恵佑の言葉は続く。
「……そんな事も含めて、歌織の今までの誕生日へのわだかまりを知ってる分、身内だとストレートには祝いづらくてね」
祝ってやってくれてありがとう、と言われた安斎は複雑な気持ちで、さもないことです、と言葉を返した。
*
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
その日は客の引けも早く、時間通りに閉店出来た。片付けもいつもより早く済み、安斎が歌織に話し掛けるタイミングも、いつもよりも計りやすかった。
「歌織さん」
「何?」
「……お誕生日、おめでとうございます」
「まあ」
ケーキを、紙袋ごと進呈する。差し出しつつ最敬礼に近い礼をしているので、歌織の表情は見えない。
「……ありがとう。わざわざ買って来てくれたの?」
「わざわざでもないですが」
わざわざではない。歌織の為なら造作もない事だ……たとえ行列のせいで昼食を食いっぱぐれても。
「ご馳走様。嬉しいわ」
お言葉を賜った安斎は、腰を曲げたまま上目遣いで歌織を見た。
歌織は、女王様が家臣を労うかの様な、鷹揚な笑みを浮かべている。心からの微笑みなのかどうかは、安斎にはよく分からない。
「……実は、もう一つ、差し上げたい物が」
「え?……っ!」
安斎が差し出した、包装も何もされていない一冊の本を見て、歌織は瞬間息を呑んだ。
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