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《close》の看板を表に出した店長が帰ってくると、ずいずいとこちらに迫ってきた。
「交代だ、交代。今日もクリスマスイブだというのによく働いてくれたからな。店長手ずからにご奉仕しよう」
「あ……ありがとう、ございます」
失礼な話、もっと現物的なプレゼントだと思っていたので豆鉄砲を食らったような反応しかできなかった。
でも、とても嬉しい。店長に憧れてここで働き始めた身としては、夢のような時間だ。
「ふむ。アルコールドリンクにするか悩むところだが……お客様、この後のご予定は?」
「あったらこんなに遅くまで働いていませんよ。わかってて言っているなら、セクハラかパワハラですよ?」
冗談冗談、と笑いながらカウンター下の冷蔵庫から卵を取り出した。
クリスマスに卵──ということは、あのカクテルだろう。
「言っただろう? 日頃の労いだよ。君はいつもよく働いてくれているからな」
「そうですか? そう思われてもらえてるならいいんですけど」
卵をかき混ぜる軽い音が、一定のリズムで続いていく。それと二人のぽつりぽつりと溢す言葉が、なんとなく眠気を誘う。
「さっきの話だけどな。私が花盛りの頃は今よりもっとアングラな所が流行っていたよ。世間はどうだったかわからないけど、少なくとも私の回りはね」
「……このバーよりもですか?」
「んー、ある意味ではここも近いかもな。
バーも行ったし、ダーツなんかも流行っていた。ディスコだとかマイナーなバンドのライブだとかもね。合言葉を言えないと入れない、なんてのは最近ではめっきり見なくなったしな」
その言葉は間違ってはいないのだろうけど、それはきっと店長の周囲だけのブームのような気もする。
少し眠気に流されてぼうっとしている間に、カクテルは最後のステアの段階になっていた。
「さて、お待たせしました。こちら──」
「──トムアンドジェリー、ですよね? 私も今日、オススメを頼まれたお客様にお出ししました」
「ありきたりだけどな。私はクリスマスといえばこれだと思っているよ」
外で冷えきった体が暖まるようにと選んでいたけれど、思い出してみればオフの日でも飲んだ回数は少ない。
そっと鼻先を近づけると、仄かな暖かさとほどよく甘い匂いが伝わってくる。その匂いに誘われるままに口をつけると、まろやかな口当たりで優しい甘さが広がっていく。
「とても美味しいです。繊細で優しくて……なんだか、歓迎されている感じがします」
「ははっ、それはいい。そのフレーズは今度メニューに書いておこう」
「誉めたんですから。私の酔っぱらいポエムを広げるのはよしてください」
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