イブの魔法

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「──間違いが、いくつかあるな」 黙って受け止めていた店長が、口を開いた。 それは意外にも慰めでなく、叱責に似た言葉だった。 「私は『あの人』をよく知らないが、それでもお前の考え方に間違いがあることはわかる。 まず、友人同士の間に上下間系はない。口を出しすぎただとか許してもらえるだとか、お前はその人を神のように信仰しすぎだ」 「……信、仰?」 「口を出されて嫌なら、離れればいいだけだ。それでもお前の近くにいる事を選んだのは、他ならぬ『あの人』本人の選択だ。だから許す許さぬ以前の問題だ」 そういう風に考えたことはなかった。だが言われてみれば、そういう考え方もある。 人はなにも受動のみではない。嫌ならば離れればいいし、聞かせたくない話は聞かせないようにすればいい。 それを離れず受け入れて怒ったり、わざわざ聞き耳立てて怒鳴り込むのは筋違いというもの──ということか。 「そしてお前は、自分を出しすぎたと言ったか。 自分を出せない友達と一緒にいて、お前は楽しいのか? ここでバーテンダーをしていて、マニュアル通りに作るだけで楽しいのか?」 手元に残っているザ・スティンガーを見る。 これは店長がほぼ即興で手を加えたものだ。ただマニュアル通りに作っていては、こんなに綺麗なカクテルとは出会えなかったということだ。 それはなんだか……寂しい話だ。 「自分を出すというのは大切なことだ。だが、押し付けることとの違いは知っておけ。自分のやり方や感性を他人に押し付けるのは、ただの傲慢だ」 「……店長がいいと思って作ったカクテルを見て、私も素敵だと思った。これは押し付けじゃなくて──」 「馬が合う、ってことだろう? 友達だって同じことだ。感性が合えば、その部分は一緒に笑えばいい。そうでない事は、それぞれ気の合う相手を探せばいい」 さっきトムアンドジェリーを飲んだときのように、じんわりと心が暖かくなっていくのがわかる。
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