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身体に力が入らない。
呼吸が上手くできない。
身体全体が、もう無理だと悲鳴を上げている。
「命を削って誰かを助けるのは、さぞ気持ちよかっただろうね。現実の妹への罪悪感も少しは薄れたかい? って、聞いてる?」
天使がわざわざ屈み、俺の顔を覗き込む。
痛みがようやく落ち着いたことで、顔をあげる程度の余裕ができた。
憎らしいにやけ面が、目の前にあった。
「あはは、ひどい顔だ。それじゃあ、仮に犯人を殺したとしても、キミもすぐ死んじゃうね」
いまだに呼吸も整わない。睨み返すのが精一杯だった。
「ねえ、ここで終わらせてあげようか?」
同情でもするかのように、俺を見る。言葉の意味がよくわからなかった。
「だってなんかもうダメそうだしさ」
嘲笑を浮かべ、俺の額を指で突く。
「寿命を元に戻して、記憶を消して、あの公園に戻してあげるよ。最初から全部なかったことにしてあげる」
「全部、なかったことに?」
朦朧とした意識の中で、天使の言葉を繰り返しゆっくり理解する。
「そう。その苦しさからも逃れられるよ。悪くないだろ?」
この苦しみから逃れられる? 記憶も消える?
ああ、それはなんとも魅惑的な提案だ。
一瞬、天使の言葉に希望を見出してしまった自分がいた。
けれど。
「はは……んなもん、選ぶわけねえだろ」
皮肉を込めて、笑い飛ばす。天使の細い腕を掴み、反逆の目を向ける。
馬鹿にするな、と。
意味ないんだよ。戻ったってまた後悔に襲われるだけだ。
「あの苦しさに比べたら……夕夏の苦しみに比べたらこの程度の痛み、わけねえんだよ」
天使の腕を振り払う。
膝に手をつき、倒れそうになりながらも気合いで立ち上がる。激しい吐き気と目眩に襲われたが関係ない。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
泣き言なんて言っていられないんだ。
「あーあ、せっかくの提案だったのに。まあいいや」
天使、呆れながらも立ち上がり指をスライドさせた。
指の先からスキル選択のウィンドウが表示される。
「これが、ラストチャンスだよ」
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