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9 . 間宮夕夏
高校二年の四月。
兄が就職で家を離れ、一年。
母との二人暮らしにも慣れてきた頃。
それは、間宮夕夏の視界に偶然映り込んだ。
殺人事件の遺族の声を集めた番組。
同い年の少女が、涙ぐみながら必死に訴えかけていた。
『大切な家族を奪われたんです』
顔にはモザイクがかかっていた。
『お父さんを殺した人の家族も、不幸になればいいと思います。私と同じように、苦しめばいい』
けれど、夕夏は直感的に理解した。
父親が殺した男の娘だ、と。
ただの勘違いだったかもしれない。
自分とは関係ないかもしれない。
別の事件に巻き込まれた子かもしれない。
けれど、『親を殺された子供』であることには変わりない。
合成された少女の声を聴きながら、夕夏は六年前──警察から聞かされた父親のことを思い出していた。
父親が殺したのは元同僚で。
殺害動機は、『幸せそうで嫉妬したから』だった。
そんなくだらない理由で、一人の命を奪った。
あの男のわがままで、家族を奪われた人がいる。
『お前は幸せになっていいんだから』
朝春のセリフが脳裏を過る。
落ち込む夕夏を慰めるために、いつも隣でかけてくれた言葉だ。
頭を撫で、優しく微笑みながら。
心を閉ざしたいた夕夏も、兄のはからいでいつからか『幸せ』を望むようになった。
けれど。
(あれ?)
兄の言葉が再生される度、心臓を握り潰されたような痛みを覚えた。
(幸せになっていいの? 本当に?)
違和感は黒く膨らみ、徐々に夕夏の心を蝕んでいった。
それが、きっかけだった。
その番組を見て以来、夕夏の生活は一変した。
まるで隠していたものをバラされたように。
忘れたフリをしていた嫌な記憶を思い出したように。
焦燥感と罪悪感が、いつまで経っても消えないのだ。
クラスメイトとの会話で笑いあった時も。
部活で活躍をしてチームメイトに褒められた時も。
帰り道に友達とクレープを食べている時も。
あの番組の映像が、頭の中でフラッシュバックする。
楽しいことが起きる度に胸が苦しくなり、トイレに駆け込んでは吐くようになった。
人殺しの家族でありながら、幸せに浸る自分が気持ち悪くて仕方なかった。
吐いても楽にはならない。
だけど、笑っているよりはマシだった。
吐いたあと洗面台の鏡を見ると、決まって黒い影がこちらを見ていた。
自分と同じ形をした真っ黒い影が、鏡越しに言い放つ。
『人殺しの子供のくせに』
脳味噌にこびりついて消えない言葉。
それはもはや、呪いだった。
「私は、どうすればいいの?」
夕夏が問うと、影は答えた。
『苦しめばいい』
簡単なことだ。
『苦しんで死ねばいい』
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